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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2017/05/18

子どもは社会を映す鏡(監督から)

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 子どもは社会を映す鏡    校長 齊藤 秀樹

 
  『星の王子様』という本の冒頭に、「大人は誰でも、はじめは子どもだった。」という有名な言葉があります。しかし、このことを忘れずにいる大人というのは、とても少ない気がします。

  最近よく大人たちが、「今の教育は…」とか「今の学校は…、今の子どもたちは…。」という話題を口にしているのを聞きます。「今の子は昔と違って…。俺の子どもの頃には…から始まって、最後は必ずお決まりの、今の教育はなっとらん。」になります。このように、眉をひそめて、もっともらしい教育論を展開し、「今の子はしょうがない。昔の方がずっとよかった。」的な発言を聞いていると、「ちよっと待てよ。おかしくないか。」という気がしてきます。


  今の子どもたちは、大人が作った世界の中に生きているわけで、子どもの世界というものが大人の世界とは別に存在するわけではありません。「すぐにいじけて、我慢ができず、他人のことを考えない、わがままな子どもたち。」こんな子どもたちを作ったのは、大人の責任であって、子どもが自分から勝手にそうなった訳ではないと思います。
  それなのに、大人の世界が子どもの世界とは「別のもの」という錯覚を起こしてしまうのは何故なのか。それは、大人があまりに子どものことを知らなすぎる(無関心すぎる)からだと思います。別の言い方をするなら、大人は大人、子どもは子どもで生活し、その距離が離れすぎていると言えるかもしれません。


  大人は大人の望む自分本位の生活環境に社会を変えてきました。自家用車の急増により路地裏の遊び場は安全ではなくなり、家の周りの空き地にはたくさんの家が建ってしまいました。兄弟も減り、おじいちゃんおばあちゃんとも暮らさなくなり、ペット飼う自由さえ奪われてしまいました。更に様々な生活便利品や魅力的なメカゲームが、子どもたちを室内に吸い寄せ、体を動かす機会を奪ってしまいました。
 このように本来あるべき「子どもらしい生活」が、大人の作った生活に巻き込まれてしまったことで、まだ発育途中の未熟な子どもたちが最もその影響を受けることになったのです。そのことが今まで予想もつかなかった「心と体のゆがみ」(例:転んでも手が出ないのですぐに顔や歯をぶつける。他人とコミュニケーションがとれず集団生活ができない。…。)を生むことになってしまったのではないでしょうか。


  現在、社会問題になっている青少年の凶悪化した犯罪(少年非行)も、実は過去に何回かの波があったようです。
   昭和20年代は「生活型の非行」と言われ、戦後の混乱の中で、親がいない、お金がない子どもたちが、生きるために(食いつないでいくために)あちこちで、窃盗や売春行為を繰り返していました。
  昭和30年代後半は「反抗型非行」と言われ、急激な都市化、工業化が進んだために、環境の変化に適応できない「反社会的行為」(暴行、傷害、シンナーなど)が急増しました。
  昭和50年代後半は「遊び型非行」と言われ、豊かな社会の中で、価値観が多様化し、普通の家庭の子が遊び感覚でバイクを乗り回し、集団で暴れ回っていました。
    そして平成に入った近年は、経済が混迷する中、行き先不透明な社会の中で、何をめざしてどう生きていけばよいのかがわからずに、訳もなく凶悪化、粗暴化した「生き方探しの戸惑い非行」(?)が多発しています。


  これらは全て、その時々の社会の変化が子どもの世界に大きな影響を与えていることを物語っています。「子どもは社会を映す鏡」です。子どもたちが投げかけている問題は、私たち大人たちが歩んできた道への反省であり、同時に「これからの社会がどう進んでいけばいいのか」という新たな課題を提示してくれているのかもしれません。


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