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「やればできる」が合言葉(監督より)日誌04/11 17:00

          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2017/02/01

「父親」と「母親」の役割(監督から)

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 「父親」と「母親」の役割         監督 齊藤 秀樹

  私の両親は共に東京都で小学校の教員をしていました。父親は山梨県、母親は徳島県出身で、職を求めて都会へ出てきました。2人ともいつも忙しく、私と妹は近所の方に幼児の時から預けられ、学校もそこから毎日通っていました。
  当時は生活していくのがやっとで、今の子どもたちのように家族で温泉旅行に行ったことも、遊園地に連れて行ってもらったことも、おいしい名店で外食したという記憶もありません。ただ唯一、年に2度山梨の実家に帰省し、祖父の作った干し柿と、祖母の作った水飴を食べるのが何よりの楽しみでした。でも、他人をうらやましいと思ったことも、自分が不幸だと思ったことも一度もありませんでした。忙しくお金もない家庭でしたが、両親はいつも私を理解し、精一杯の愛情を注いでくれていました。


   さて、私は小学校6年生の時に、学校の部活動でサッカーの練習に毎朝通っていました。両親は「子どもが好きでやっていることだから」ということで喜んで送り出してくれていました。そんなある日のこと、私はその日に限ってサッカーの練習に行きたくなくなり、布団をかぶってゴロゴロしていました。すると隣の部屋から父親の「あいつは何をしているんだ。自分からやりたいと行ってやり出したことを、途中であきらめるような奴はダメだ。」という野太い声が聞こえてきました。私は「まずい。」と思い、自分が父親にたたき起こされる姿を想像しながら布団の中で小さく身を潜めていました。
  すると母親が「そっとしておきましょうよ。あの子が起きてこないくらいだから、きっと何か考えがあるのでしょう。」といういつになく強い口調の声が聞こえてきました。それからしばらくの間父親と母親が話していましたが、結局私が起こされることはありませんでした。


  その一部始終を布団の中で聞いていた私は、自分のしたことを深く反省しました。と同時に何ともいえない嬉しさを感じました。それは「私は信じられている」という嬉しさでした。本当はサッカーに行きたくない理由など何もなかったのに、ただ何となく行く気がしなかっただけだったのに、母親は「あの子はそんな子ではない」と私を信じてくれました。一方父親はおそらく私の心の中にある甘さ(さぼり)を見抜き許せない気持ちになったのでしょう。


   このように私は、常に厳しい父親と、やさしい母親という異質の2人によって育てられました。ある本によると、本来父親は「切る」存在で、母親は「包む」存在であると書いてありました。例えば、我が子が非行に走り問題を起こした時に、たとえ我が子であっても悪いことをしたのは事実だから許さないと、子どもを「切る」のが父親で、悪いことをしたのは確かだが、我が子なんだから何とか救いたい、助けたいと「包む」のが母親だといいます。人によっては「ひっぱる」のが父親で、「なだめる」のが母親だという人もいます。


   一昔前の父親は怖くて威厳のある存在でした。子どもが何か曲がったことをすれば、父親から毅然とした態度で叱られました。時にはゲンコツが飛んでくることもありました。人の道に背くことをしたとき、人様に迷惑をかけたときには、こっぴどく叱られたものです。また父親は一家の大事な決定のキーパーソンでもありました。進学や就職、あるいは一人暮らしや結婚などの人生の選択においては、父親に納得してもらうのが一つの難関でした。それほど父親は一家の大黒柱として君臨していました。


   しかし現在この図式が変わってきているような気がします。子どもたちに話を聞いてみても、父親を「厳しい人」と捉える子より、「やさしい人」と捉える子の方が圧倒的に多いようです。反対に母親を「やさしい人」と捉えるより「厳しい人」と捉える子が最近増えてきているようです。


  即ち、父親がどんどん優しくなり、母親がどんどん厳しくなって、父親と母親の違いが無くなり、両親の「同質化」が進んできているような気がします。まあ今の時代は、両親の共働きが普通になり、互いに仕事や趣味を持ちながら、共にパートナーを組んで、同じように子育てをしていくことが現実的で理想的なのかもしれません。しかし「同質」か「異質」か、どちらがよいかは別として、大切なことは、必ず両親の価値観と教育方針は一致させ、その共通理解の基で、お互いの役割分担をよく話し合い、共に子育てをしていくことだと思います。 
                      皆さんのご家庭はいかがですか。


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