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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2017/06/02

「自由」「個性」の大間違い(監督から)

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  「自由」「個性」の大間違い       監督 齊藤 秀樹


  先日、集まっていた子どもたちに、突然「君たちはいったい何者だ。」と問いかけました。一瞬何のことだかわからないという表情をしていた子どもたちでしたが、しばらくするとあちらこちらから「人間だよな」「人間に決まってるじゃん」という声が聞こえてきたので、「何で人間だと言えるんだ。」と聞き返したところ、「生まれたときから人間だから」とか「お父さんお母さんが人間だから」という答えが返ってきました。そこですかさず「それは違う」と言いました。

  皆さんはオオカミ少年の話を知っていますか。人間の父親と母親から生まれた男の子が、ふとした事故からオオカミに育てられジャングルで野生の生活をすることになり、その中で成長していきました。そして少年が数年後ジャングルで発見されたときには、四つ足で野山を駆け回り、日中は寝て夜になると山々を徘徊しては動物を襲ってその生肉を食べ、言葉はしゃべらずに遠吠えを繰り返す子になっていたそうです。

  さてこの子は生物学的には間違いなく人間なのでしょうが、少なくても「人間らしい」とは言えません。子どもたちが今堂々と「私は人間です」と答えられるのは、人間らしい経験や学習を積み重ねてきたからです。


   以前にも書きましたが、お母さんからオギャーと生まれたときには「泣くこと、吸うこと、飲み込むこと」以外何一つできなかった子どもたちが、途中であきらめることなくできないことに挑戦し、できるようになるまで頑張り、わからないことを一つずつ理解し、様々な体験を通して、自分の感情を抑えたりコントロールしたりして「理性」を身につけ、人間らしく成長してきたのです。


   実は、最近とても心配なことがあります。それは、人々の価値観が急激に多様化してきたことで、必要以上に「自由」と「個性」が尊重され、良いこと、大切なこと、社会的な規範意識(ルールやマナー)は全て個人によって違うという「個別化現象」が起こっていることです。まぁ自由が保障され、個性が尊重されることはとても大切なことではありますが、その結果、社会とか集団というまとまりに、求心力(核となるもの)がなくなり、中心からどんどん離れようとする遠心力によって、皆がバラバラに好き勝手なことをしだすという現象が起きてしまっています。非行、援助交際、地べたリアン、車中での化粧、授業中の携帯電話…。「自由でしょ。勝手でしょ。関係ないじゃん。」という若者に何も言えない大人たち。日本はこのままで大丈夫なのだろうかと心配になります。


   私は「やりたいことはやる」「やりたくないことはやらない」という自分の意志や感情のみを主張するのは「個性」や「自由」を尊重することとは違うのではないかと思います。世の中には「やりたくないけど、やらなければならないこと」や「やりたいけど、やってはいけないこと」がたくさんあります。そのことをしっかり教えておかないと、取り返しのつかない「わがままお化け」や「本能マン」ができてしまうのではないかと心配です。


   子どもたちは“何かを学び、身につける”ために毎日学校に通ってきています。朝、校門をくぐるときには知らなかったことやできなかったことが、帰り校門を出るときにはできるようになったりわかるようになったりしています。私はこれが「学校に来る価値」だと思っています。習い事やスポーツクラブも全く同じです。要は毎日の学習や経験を積み重ねることが大切です。そして、今日ここでいくつのことを学んだか、学んだ分だけ人間らしくなれると思います。
  “学ぶこと、それが人間らしさ”ではないでしょうか


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