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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2021/07/27

「やればできる」の原点(監督から)

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  「やればできる」の原点 監督 齊藤 秀樹
    私がこの言葉を30数年の教員人生及び陸上指導者人生の中で、いつも使い続けているのは、多くの子どもたちの夢を叶え、時に奇跡を起こし、忘れられない思い出を共につくってきたからです。今回はその原点となった子どもたちとの思い出について久しぶりに書いていきたいと思います。
  
  今から30年以上前のことですが、私が初めて教員になって担任したクラスが佐倉市立小竹小学校の5年1組でした。当時佐倉市には、市内全小学校の5・6年生の全クラスが参加する「学級対抗リレー」という一大イベントがありました。私は9月採用でしたので、慌ただしい毎日を過ごしながら、訳もわからずに、11月1日に開催されるこの大会に子どもたちと共に参加しました。ところが予選、準決勝、決勝と行われ、今年の佐倉一の学級はどこになるかと会場が盛り上がる中、なんと私のクラスは男女とも、最初の予選で他のクラスから30メートル以上引き離されて、ダントツのビリでした。

  学校に戻り、子どもたちに自身の指導力のなさからみんなに恥ずかしい、悲しい思いをさせてしまったことを謝りました。ところがその後子どもたちの口から出てきた言葉を聞いて、愕然としてしまいました。「先生、僕たち全然悔しくないよ。」「かけっこなんか速くなくてもいいじゃん、僕たちの方が頭はいいんだから。」「どうせやったって無理。」「…。」私はこれはまずい、このままではいけないと思い、「ふざけるな。冗談じゃない。やる前からあきらめたり、自分の可能性を限定したりするのは許せない。」と言って、思わず「よし、来年の学級対抗リレーでは、男女とも絶対に優勝させてやる。」と約束をしてしまいました。

  次の日から担任とクラスの子全員による陸上練習が始まりました。私は学生時代は水泳部でしたので、陸上の選手経験もなければ、まして指導歴も何もない、全くのド素人でしたので、文献を読みあさったり、専門家に聞きに行ったり、強いチームの練習法を見に行ったりしながら、試行錯誤で毎日子どもたちと夢中で練習しました。練習は土日にも、長期休業にも行われ、1月1日(元旦)以外の364日間毎日続きました。当時のことを思い出すと申し訳なさでいっぱいになりますが、当時の私の信念は「人一倍努力し、誰よりもたくさん練習すれば負けるわけがない」「努力は決して裏切らない」というかなり精神論・根性論的な指導でした。しかし不思議と子どもたちは皆私についてきてくれ、保護者も文句も言わずに温かく応援してくれました。

  6年生の夏休みを過ぎると、クラス全体が学級対抗リレーの優勝に向けて異様な盛り上がりを見せ始めました。ある日、放課後練習が終わり、職員室で明日の教材研究や事務処理を済ませて帰宅しようと外へ出ると、真っ暗なグラウンドから「ハイ。ハイ。」という聞き覚えのある声が聞こえてきました。時間は夜の9時、まさかとは思いましたがグラウンドへ行くと、選手の子どもたちが自主的にバトンパスの練習をしていました。子どもたちを集め、どうしてこんな時間に練習をしているのかを聞いたところ、「先生が誰よりも努力したら勝てると言ったから、夕食を食べて宿題をやった後に、集まって練習しているんです。」と言います。涙が出るほどうれしかったのですが、いくら何でもやりすぎだと思い、学校の練習で十分だと説得し、家まで送って帰宅させました。本番で選手になる子は男女とも4人ずつですが、選手以外の子も毎日皆一緒に汗を流して努力してきた仲間なので、放課後集まって旗や横断幕をつくったり、応援歌を作ったり、神社へ行って優勝祈願をしたりしてくれました。

  そしていよいよ本番の日。結果は大会史上初となる、1クラスの男女がダブル優勝。しかも大会新記録での圧勝でした。飛び上がって泣きじゃくり大喜びする子どもたちと、感動で涙が止まらない保護者たち。信じられない奇跡が現実に起こった瞬間でした。
  これが「やればできる」の原点となった忘れられない思い出です。実はこの時もしも「必ず勝たせてやる。」という子どもとの約束を果たせなかったら、私は教員を辞めるつもりでいました。しかし、神様は自分の人生をかけて夢の実現に挑戦した私を見捨てることはありませんでした。

 子どもには無限の可能性があります。大きな夢や希望を持ち、それに向かって努力すれば、できないことなんてないし、叶わない夢なんてないと私は今でも信じ続けています。

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