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「学校安全」について(監督から)日誌02/05 07:55

          齊藤 秀樹  監督

 
 

監督から

日誌
12345
2026/02/05

「学校安全」について(監督から)

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 現在各学校で「不審者対応避難訓練」を実施しています。あってはならないことですが、万一学校に不審者が侵入し、子どもたちに危害を加えそうになった時の対応訓練です。今回は私が各学校の先生方によく話す訓練の重要性と、「学校安全」の基本的な考え方について書いていきたいと思います。
  
 「学校安全」について     監督 齊藤 秀樹

    平成13年6月8日(金)午前10時過ぎごろ、犯人は開いていた学校の東門前に自動車を止め、出刃包丁と文化包丁の入った緑のビニール袋を持って学校の敷地内に入った。一階の教室に次々に侵入し、子どもたちを出刃包丁で切りつけ突き刺し、子ども8名が死亡し、子ども13名、教員2名の計15名が負傷した。これが数十年前に起こった大阪教育大学付属池田小学校事件である。「まさか。小学校に侵入し、子どもを無差別に刺し殺すなんて。あり得ない。」当時の世間はあまりの衝撃に騒然となったものです。
 この事件は学校の安全神話を一瞬のうちに崩壊させ、学校安全の在り方に多くの課題と教訓を残した事件でした。今回はこの事件の教訓を今一度検証し、本校の基本的な安全対策について書いていきたいと思います。

 池田小学校は、国立大学の付属校という特性から、遠方から通学している子どももあり、保護者は自動車で来校することも多く、東門は常に開いていました。犯人は裁判の公判の中で、「もし門が閉まっていたら入らなかったかもしれない。」という趣旨のことを言っていましたが、門が開いていたばかりに尊い8名の命が失われたといっても過言ではないかもしれません。私がいた学校では、常に日中は正門・西門を全て閉めています。また自動車は事前に駐車券を申請するという形を取っていました。これに対して、「面倒だ。不親切だ。」と感じる方もいるでしょう。しかしこの対応は、子どもの安全を第一に考えた安心・安全な学校づくりのためであることを、何度もご理解いただきました。
 
    この事件では門から入って少しした所で、教員が犯人とすれ違っていました。しかし声をかけることなく犯人は校内に入ってきてしまいました。以前までの学校は来校者に声をかけると、疑っているようで失礼なのではないかという風潮がありました。しかしあの時に教員が一言「こんにちは。」「どちら様ですか。」「何かご用なら承りますが。」と声をかけていたら、この学校は外部の人にはガードが固い学校だと感じ、犯行を躊躇したかもしれません。私の学校では極力来校者には挨拶や声かけをするよう努めています。また保護者には必ず「入校証」をつけてもらい、授業参観や保護者会の会議以外は職員玄関からインターホンで職員室に連絡し、職員に用件を伝えてから校舎に入るようにお願いしています。用件を聞くことや声かけをすることは決して失礼なことではなく、安全に配慮している証拠であることをご理解ください。

    最後に子どもたちの被害を拡大させた最大の教訓は、学校に緊急時の連絡体制(対応マニュアル)が整っていなかったということです。犯人が2年南組に侵入した時刻はちょうど2時間目が終わり、休み時間になったばかりの時で、この教室には担任は不在でした。次に隣の2年西組に入った時はまだ授業中で、担任は侵入に気づき教卓上の電話機を取ろうとしたものの、犯人を刺激すると思って受話器を置き、警察に通報するため事務室へ向かってしまいました。この事件は教員が誰もいない2つの教室の中で、子どもたちに避難誘導もないまま、次々と幼い子どもが犠牲になってしまったのです。更に2階、3階にいた教員はこの10分の間、誰も異変に気づいていなかったといいます。ここで問題なのは、不審者が侵入してきた時の担任の対応と連絡方法、全校体制での避難誘導の仕方、そして日常の避難訓練等の安全対策の在り方です。

  この事件以降、全国各地の学校では「不審者侵入時の対応マニュアル」が整備され、定期的な訓練が実施されるようになりました。私の学校でも、不審者が侵入してきたらまず担任が笛を鳴らし、周囲の学級に非常事態を知らせると同時に子どもを守り避難誘導させる。そして同学年の担任が職員室へ不審者の侵入をインターホンで伝える。校内放送で全校に不審者侵入を知らせ、教職員は決められた役割分担にしたがって、侵入した学級へ急行する職員と児童の避難誘導に当たる職員に分かれ対応する。…。というマニュアルを作成し、定期的に訓練を実施していました。

 よく勘違いされるのですが、「開かれた学校づくり」とは、学校の透明性を高めるために、教育理念や教育方針を常に明確に示し、学校での様々な子どもの活動を参観やホームページ、学校だより等で公開し、理解と支援を得ようというものであって、いつでも誰でも自由に学校に入れるよう門や玄関を開いておくというものではありません。

07:55 | 投票する | 投票数(51)
2026/01/31

「健康」と「体力」について(監督から)

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 健康」と「体力」について  監督 齊藤 秀樹    
【「健康な子」とは】
   人間にとって何が一番大切かと問われれば、おそらく「健康」という答えが返ってくるでしょう。しかしこの「健康観」というのは人それぞれで、普段特に意識していない人から、常々健康には細心の注意を払っている人まで様々です。また、年齢、環境、人生経験、社会状況等によっても異なります。そこで今回は「健康教育」という観点から、その基本的な概念について書いてみたいと思います。

基本的な健康観(WHOの定義・ヘルスプロモーション)
 健康とは「病気で無い状態」のことではなく、「身体的」(体)にも「精神的」(心)にも「社会的」(人間関係)にも良好な状態のことである。
 「病気にならなければよい」とか「病気になったら医者(専門家)に任せておけばよい」という消極的な健康観ではなく、「健康」は自らがコントロールし、改善していくことで「健康は自分でつくる」という積極的な健康観を持つことが大切である。

  「健康」というのは、体の問題だけではありません。「健康な人」とは、体も心も社会的関係もうまくいっている状態の人のことです。また従来の健康分野は、特定の人(病人)に対して専門家(医師)が「病院」で「治療して治す」という医療分野の問題とされてきました。したがってともすると、素人が生半可な知識を人に教えることは危険な行為だとされてきました。その証拠に、例えば生活習慣病の患者が増加しても、「学校がしっかりとした健康教育を行っていないのがいけないんだ。」とは昔は誰も言いませんでした。しかし、上記で紹介したヘルスプロモーションの考え方が浸透し、世間に健康志向、健康ブームが起こってからは、「健康は全ての人々(素人)が日常生活の中で、自らつくっていくもの」という考え方が定着してきました。学校では体育の「保健」、理科、学級活動、道徳等で「健康」に関する学習を行っています。しかし学校で得た知識や方法(わかる、できる)を、日常生活の中で実践し、継続する(やる、続ける)のは家庭です。学校と家庭が連携し、心身共にたくましく健康な子をつくっていきましょう。

【「体力のある子」とは】
                         
            防衛体力    病気にならない体
                    ケガをしない体
   体力
                    筋力(筋肉の強さ、パワー)
                    柔軟性(体の柔らかさ)
             行動体力     持久力(体を動かし続ける力、スタミナ)
                    敏捷性(素早く動く力)
                    巧緻性(リズム感、タイミング)
  
 「彼は体力がある。」とはどういう人のことをイメージして言っているのでしょうか。上図のように「体力」は大きく2つに分類すると、防衛体力(体を守る力)と行動体力(体を動かす力)に分けることができます。また「行動体力」の中身も、大きく5つ(筋力、柔軟性、持久力、敏捷性、巧緻性)あり、どれもバランスよく身についている人のことを「体力がある人」と言います。更に、この行動体力には適時性(発達時期)というものがあり、ピークを100とすると、小学校6年生(12才)の子どもでは、「筋力」は約60%の発達、柔軟性は約80%、持久力は70%、敏捷性・巧緻性は100%というデータが出ています。簡単に説明すると、100%の敏捷性・巧緻性は小学生時代に、体を早く動かしたり、リズム感を育てておかないと、一生身につかないということです。また、筋力はまだ60%の発育時期ですから、小学生の時からあまり早くウエイトトレーニング等をやってしまうと、体の発育が早すぎて、その後伸び悩むことにつながります。一般的な日本人の体力ピークは男子20~22才、女子16~18才といわれますので、どの時期(年齢)にどんな運動をさせることが効果的なのかを考えて体力づくりをすると、運動ができる子に育ちます。


07:02 | 投票する | 投票数(76)
2026/01/23

子どもの本質を見抜く力(監督から)

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 子どもの本質を見抜く力  監督 齊藤 秀樹

 我が子が何らかのトラブルや事件を起こし、その旨を学校から家庭に連絡すると、多くの保護者が「まさか。家の子に限って…。」「そんなはずはない。何かの間違いではないのか…。」という反応が返ってきます。しかしこれは、わが子を愛し大切に育ててきたという思いと、我が子のことは誰よりも自分の一番理解しているはずだと思っている保護者にとっては、ある面当然の反応なのかもしれません。

    今から十数年前に起こったことだったと思いますが、ある高校1年生の女生徒が、友人である同級生を自宅で殺害し解剖しようとしたというショッキングな事件がありました。当時のマスコミ発表の記事を読むと、「被害者に全く恨みはなく、ただ人を殺してみたいという欲望が抑えられなかった。」と供述しているといいます。この女生徒の父親は弁護士、母親も東大卒のエリート家族で、何不自由なく裕福な家庭の中で育ち、成績も大変優秀な子だったそうです。そんな優等生がなぜ大それた犯罪を犯してしまったのか。「まさか…。信じられない。」と学校関係者や親はさぞ驚いたことでしょう。しかし、実はここに大きな落とし穴があるのです。

 子どもを知らずして、また知ろうとせずして教育は成り立ちません。私たち指導者や教師も何とかして一人ひとりを理解しようと日々努力していますが、「子どもを理解する」ということはそんなに簡単なことではありません。小さいころならともかく、小学校高学年~高校生位の思春期に入っている子は、私たち大人の前ではベールをかぶることが多くなるからです。
 私が未だ若かったころ、近くの中学校に大変学級経営が上手い先生がいて、その先生の学級会がすばらしいから、是非一度見せてもらって勉強してくるとといいよ、というアドバイスを校長先生からもらって見に行ったことがあります。学級会のテーマは『最近カサがよくなくなるので、その対策をみんなで考えよう。』というものだったと思います。
 学級委員を中心に、実に活発な意見のやりとりがあり、「一人ひとりの置く場所をしっかり決めよう。」「全校集会で皆に呼びかけよう。」「雨の降った日は全員が交代で監視に立たなきゃダメだ。」等の意見が出て、チャイムと同時に結論がまとまり終了しました。うわさ通りのすばらしい学級会で、こんな先生がいるんだととても感動しました。
 休み時間になり、先生が教室を去った後、近くで談笑している生徒たちがいたので、「すばらしいね。」「たいしたものだ。」と話しかけたところ、突然その中の一人が「あんなことやったって無理に決まっているじゃん。」と言い出しました。私はびっくりして「何を言っているんだ。みんなカサが無くなって困っていたから話し合ったんだろ。」と言うと、「別に困らないよ。」という返事。「どうして?」「無ければ黙って他のやつのを持って行けばいいんだ。」「馬鹿なことを言うな。そんなことをしたら持って行かれた他の子が困るじゃないか。」「大丈夫だよ。そいつはまた他のやつのを持って行くから。」私は頭に来て「おい。君は確かさっき『生徒会に提案してみよう』と言っていたじゃないか。」と強く言うと、その子は一瞬困った顔をしましたが、周りを見回して、そっと私にこう言いました。「ああ言えば、めでたしめでたしで終わるから。」「…」
 何のことはない。彼らは学級会が得意だという先生の手前、“学級会ごっこ”をして、よく参観に来る先生方に見せていただけだったのです。

  私たちはともすると、その子の本質を見抜けずに「この子はしっかりしたよい子」とか「この子はいい加減でだらしがない子」というようなレッテルを貼り、それを基準に子どもを理解したつもりでいることはないでしょうか。
  子どもの本質を見抜くためには、次の3つのことが大切です。

①子どもにはいろいろな顔があることを理解し、授業中、掃除中、休み時間、家庭 の中、休日や放課後、習い事…の様子をできるだけ幅広く見たり、聞いたりすること。

②いつまでも昔のイメージを持たずに、子どもは日々変容し、成長していくものだという柔軟性と新鮮な目を持って子どもを見ること。

③教師や親に対して、あるいは教室や家庭の中で、本性を隠しベールをかぶる必要がないような、安心できる人間関係・信頼関係を作っておくこと。

  「まさか。家の子に限って…」にならないためには、子どもを信じると同時にその本質を見抜き、幅広く正しく理解できる力量を持たなければならないと思います。

07:50 | 投票する | 投票数(126)
2026/01/15

信じて、任せて、やらせてみる(監督から)

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信じて、任せて、やらせてみる  監督 齊藤 秀樹
  
   ある大規模チェーン店のハンバーガーショップに勤めだした子が、新人研修の中で、客が来たときの対応の仕方を習ったそうです。まず元気な声で明るく「こんにちは。いらっしゃいませ。」続いて「お持ち帰りですか。ここでお召し上がりですか。」をしっかり確認する。…。

 ある日、一人の客が入ってきて「ハンバーガーを30個ください。」と言いました。するとその新人はとっさに「お持ち帰りですか。それともここでお召し上がりですか。」と言ったそうです。するとそれを聞いた客は呆れたように「30個もここで食べられるわけないだろう。」と激怒したという笑い話です。
 一般にこの新人のような子を「指示待ち人間」とか「マニュアル人間」と呼びます。この人たちは、指示されたことは、その通りきちっとやりますが、自分で考えたり、場に応じて柔軟に判断することができないというのが特徴です。

 今からもう40年位前のことですが、小学1年生に自分たちで切符を買わせて、電車に乗って校外学習に連れて行こうという行事がありました。
   駅で電車を待っているときに、あるベテランの学年主任の先生から「電車が来たら2列にしっかり並んで乗りなさい。」という指示がありました。間もなく駅に電車が到着し、何両かに分かれて並んでいた子どもたちが一斉に電車に乗り込みました。すると隣のドアの入り口付近から「先生もう乗れません。」という叫び声が聞こえてきました。「こんなに空いているのにおかしいな」と近づいてみると驚きの光景を目の当たりにしました。なんと!先頭の子は反対側のドアにピッタリと顔を押しつけられ、その後ろにまっすぐ並んだ子どもたちが押し合いながらくっついていて、最後の子が「入れない。入れない。」と泣きべそをかいて叫んでいたのです。「電車の中に入ったら横に広がっていいのよ。」を先生が言わなかったために起こった大事件でした。

 私はこの事件を研修会や保護者会等でよく先生方や保護者に話しますが、その反応は「なんてかわいらしい。素直でいい子たちなの。」と微笑ましく感じている方々が多いような印象があります。
 しかし、私たちは今までの子育てや教育の中で、「言われたことをきちんとやる子がいい子」という教育を繰り返していくうちに、子どもたちから何か大切なものを奪ってしまっているような気がしてなりません。そして大人になっても、前述の店員のような指示待ち、マニュアル人間を数多く育ててきてしまったのではないでしょうか。

    子どもたちに「何でも好きにやってごらん。」と“自由”を与えてみると、最初は「何でも好きなことができる。わーい。」と喜びますが(解放の自由)、そのうち「自分の責任で、考え、判断し、行動しなければならないのは大変だ。」ということに気づいてきます。体験を通して「自分で決めてやったことは、全て自分の責任」という‘自由と自己責任’の関係がわかってきます。

  「先生や親の言うことを聞く子」はいい子です。しかし「先生や親の言うことしかできない子」や「言われなければやらない子」はダメな子だと思います。

   「いつまでもあると思うな親と金」という格言ではありませんが、教育の究極の目標は“子どもの自立”です。子どもを自立させるためには‘自分で考え、判断し、決定していく力’=“生きる力”を育てなければなりません。
  「信じて、任せて、やらせてみる」という体験を子どものころから日々実践し、身につけていくことは、子どもの将来にとってとても重要なことだと思います。保護者の皆さん、何でも素直に言うことを聞く子がいい子に育てていませんか。

16:37 | 投票する | 投票数(166)
2026/01/09

「友だち」とは(監督から)

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 「友だち」とは   監督 齊藤 秀樹  
 マザーテレサは「人間にとって最も不幸なことは、貧しいことでも、病気になることでも、お腹を空かせて死ぬことでもない。誰からも相手にされないこと。みんなから捨てられ寂しい思いをすることだ。」と言っています。

    昨年ある教え子のお母さんから、子どもが学校でいじめを受けて困っているという相談を受けました。何でも他の子には言わないと約束したことを、ついうっかりしゃべってしまって、それ以降仲の良かった友人たちから無視され、仲間はずれになっているというのです。食事ものどを通らず、毎朝「学校に行きたくない」と大泣きする毎日で、とても困っているという話でした。原因を作ったのは確かに本人ですが、もうやってしまったことなので今更悔やんでも仕方ありません。
 しかし端から聞いていると、そんなに嫌で、そんな友人たちなら、こちらから相手にせず、グループを抜けて、新しい友達を作ればいいと思うのですが、本人はどうしてもそういう気にはなれないらしいのです。つまり、子どもにとって友だちというのはかくも大切なものであって、それがたとえ自分に対して被害を及ぼしてこようとも、友だち関係を失ってしまうことはそれ以上に耐え難いことなのでしょう。

 そういえば、昔読んだある本の中に「日本人の子ども観」という章があり、その中に“七つ前は神のうち”という言葉がありました。私たち日本人は“子どもは純粋で汚れ無き存在”という考えの基、「子どものやったことだから」という一言で、たいていのことは大目に見て許してしまっているところがあるのではないかと思います。
 しかし実はこういう「性善説的な子ども観」の中に大きな落とし穴が潜んでいることが多いものです。私は昔から子どもが大好きで、かれこれ40年以上も教員という仕事を続け、休日もたくさんの子どもたちを集めて陸上クラブを主催していますが、そんな私から見ても、子どもというのは、決して純真で汚れなき存在ではなく、けっこう平気で残酷なことを言ったりしたりするものです。
                                                          
 先日ある高齢者の方(Aさん)から貴重な体験談を伺う機会がありました。Aさんが中学校に通っていた終戦後間もない時代の話です。誰もが一様に貧乏だった世の中で、友人の一人にいわゆる良い家のお坊ちゃんがいて、その子はいつも弁当にサンドウィッチを持ってきていたそうです。Aさんはそれがうらやましくてしかたなかったそうですが、ある日そんな息子の願いをいつも聞いていた母親が、イチゴジャム(粒のないのりみたいなもの)のついたサンドウィッチを持たせてくれたことがあるそうです。その日の昼食時、その友人がAさんのサンドウィッチを見て「俺のと交換しよう。」と言ってきたので一切れ取りかえたのですが、なんとその友人は「なんだジャムか。」と言って、一口も食べずにゴミ箱に捨ててしまったそうです。Aさんがもらったサンドウィッチにはコンビーフのような肉がぎっしり詰まっていたそうです。この時代にこんなものを食べられる人がいるのかと強烈なショックを受けたそうです。 

    考えてみると友だちというのは実に残酷なことを言ったりしたりするものです。親が子どもに知らせないよう努力してきた「人生の真実」(Aさんの場合は「貧富の差」)を一瞬のうちに壊し明らかにしてしまいます。

 学校という所は、別々の個性を持った子どもたちが一カ所に集まり、集団生活の中で多くの時間や空間を過ごす場所です。ですから、そこでは度々弱肉強食の争いが起こります。うちの子は集団生活が苦手だからという理由で、毎日家の中に閉じ込めて、親の庇護のもと温室で育てておくわけにはいかないのですから、集団での様々な活動の中で、人との関わり方を学び、子ども自身がたくましく心豊かに成長していくしかありません。その支援者として大切な体験を提供し、時に人生を教えてくれるのが友だちという存在です。
 
 そういう意味で、友だちとは極めて大切な成長への援助者だと言えるかもしれません。


14:26 | 投票する | 投票数(195)
2026/01/03

1月~3月の重要性(監督から)

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 あけましておめでとうございます(日本語)・Happy New Year(英語)
Bonne Annee(フランス語)Buon anno(イタリア語)
Frohes neues Jahr(ドイツ語)・新年快楽(中国語)…。 
 本年も白井アスレチックアカデミーをよろしくお願いいたします。今年も、新年お馴染みのこの記事で2026年をスタートしたいと思います。
           
   1月~3月の重要性   監督 齊藤 秀樹
【1年のまとめ】 
   後期後半の1月から3月は今の学年最後の3ヶ月であり、1年のまとめの時期でもあります。今年度の4月~12月までにやり残したことや、できなかったこと、わからなかった内容はないかもう一度振り返ってみて、全ての面で総点検をし、残り3ヶ月中にしっかり身につけておきましょう。
 物事には「段階・順番」というものがあります。2年生のかけ算九九ができなければ、その後に出てくる分数や小数のかけ算はできないし、高学年で出会う通分や約分もできません。また、水に浮けない子は決して泳げないし、自分のことも自分でできない子が、他人のために何かをやってあげられる「思いやりのある子」には決してなれません。
 このように今やっておかなければならないことをそのままにしておくと、必ずその「つけ」が後々の自分を苦しめることになります。簡単な例えを出して説明すると、4年生で習得すべき学習内容が「10」だとすると、4年生で「8」しか身につかなかった子は、次年度の5年生では10+2=「12」の内容を理解し、身につけなければならないことになります。更に、小学校時代に身につけるべき習得内容を「100」として、6年生終了の段階で「70」までしかできていなければ、中学校では「130」の内容を身につけるために大変な努力をしなければなりません。こういうことが繰り返されていくと、いざ自分の進路選択をするときになって、「あの時しっかりやっておけばよかった。」と後悔しても取り返しがつかないことになってしまいます。
 どうぞまとめの期間である1月から3月のうちに、やり残し、持ち越しがないようがんばりましょう。

【1年の始まり】
    ○年生という学年はそのままですが、1月から3月は2026年の初めでもあります。日本は古くから「1年の計は元旦にあり」と言われてきました。年の初めは誰しもが「今年こそは…」という目標を持つはずです。「始めよければ全てよし」「千里の道も一歩より」「はじめのボタンを掛け違えると、最後のボタンははまらない」等のことわざがあるように、年の初めに「最初の一歩」を大切にしたいものです。
 以前にも何度か書きましたが、ノーベル賞受賞者の数学者である広中平祐氏は「人は目標を持つか持たないかで、その後の結果に大きな違いが出る。」と言っています。新年に当たり、まずは今年の目標をしっかり持って、できるだけ早く「最初の1歩」を踏み出しましょう。

【次学年への心の準備】
  「1月は行く。2月は逃げる。3月は去る。」と言われるとおり、1月から3月は1年で一番短い期間です。あと少しで、1年生は2年生に。4年生は高学年(5年生)に。5年生は最高学年(6年生)に。そして、6年生は中学生になります。
 実はこの進級・進学時に、上手く環境やシステムに適応できずに不登校になってしまう子が結構多いのです。特に6年生は「中一ギャップ」と言って、中学1年生になると小学校6年生の約3倍の子が不登校になってしまうそうです。次学年になってから適応していければいいのですが、今のうちから1年生と2年生の違い、低学年と中学年の違い、中学年と高学年の違い、そして小学校と中学校の違いを知り、その準備をしておくことはとても大切なことです。
 そういう意味で、1月から3月は「次学年への心の準備」でもあることを自覚して生活してほしいと思います。

 私は校長時代の1月の始業式で、毎回このような話を子どもたちにしました。「今までと同じではない」という新たな気持ちで、後期後半(残り3ヶ月)をスタートしてほしいと願っています。

08:43 | 投票する | 投票数(223)
2025/12/27

手伝いのススメ(監督から)

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 手伝いのススメ  監督 齊藤 秀樹

 突然ですが保護者の皆さんに私からお願いがあります。それは、この冬休みを使ってぜひとも「家庭で子どもに手伝い(仕事)をさせてください。」ということです。こう書くとおそらく何人かのお母さんから「そんなことを言われても、うちの子は塾や習い事で毎日忙しく、そんなことをしている暇はありません。かわいそうです。」という反論が返って来ると思います。

    しかしよく考えてみると「かわいそう」と子どもをかばっているつもりでも、実は子どもから「一人前に扱われる喜びを奪っている」のではないかと思うのです。家庭というのは社会生活の一番の基本であり、「共同体」です。家族それぞれが個々の特性や人格を認め合うことで成り立っています。これから社会に出て自分一人の力で世の中をたくましく生き抜いていくためには、まずその最も基本となる家庭の中で“自立”し、家族みんなから“役に立つ存在”として認められることによって、はじめて外の社会(学校や社会)に胸を張って踏み出していけるのです。「あなたの仕事は勉強と運動よ。あなたがよい成績を取ってくれることが一番の親孝行なんだから。後の余計なことは全てお母さんに任せて…。」と上げ膳据え膳で尽くすのは、私から言わせれば単なる親の自己満足であって、それとは気づかずに子どもを自分では何もできない“操り人形”にしてしまっていることにはならないでしょうか。

 ただし、ここで間違えてもらっては困るのが、家の仕事や手伝いをさせることは親が楽をするためだと思いがちですが、それは全く逆です。子どもに任せる(やらせる)というのは、楽どころか返って邪魔なことが多いものです。だって自分がやってしまった方がずっと早いし、きちんとできるからです。そういう意味で、子どもに任せるというのはとても根気と忍耐がいる仕事(子育て)です。

 クラスの中でもそうですが、クラスの仲間や先生から頼りにされ、一人前の人間として認められ、みんなの役に立っているという「存在感」や「有用感」を持てるということは、子どもにとってはこの上ない喜びです。

 マザーテレサが「人間にとって一番不幸なことは、お金がないことでも病気になって死ぬことでもない。誰からも相手にされないことだ。」と言っている通りだと思います。
どうぞこの機会に手伝いをさせてください。家庭での手伝い(仕事)は子どもの重要な子育て(教育)だと思います。

07:36 | 投票する | 投票数(253)
2025/12/18

「ホームページ」の充実(監督から)

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 今年も残り後わずかとなりました。いつもホームページ及びこの「監督から」をご愛読いただきありがとうございます。毎回ずらずらと勝手なことを長文で書いていますので、「忙しくて読むのが大変だから、もっと簡潔にまとめてほしい。」という方もいると思いますが、「お母さんは『監督から』の大ファンだから、いつも金曜日になるとすぐにホームページを見ているんだよ。」「家のお父さんは『監督から』をいつも会社に持って行って、同僚のお父さんたちにコピーして見せているんだって。」という一部の強力な「SAA信奉者」の方々に支えられ毎週何とか書き続けています。
 今年もお世話になりました。どうぞよいお年をお迎えください。

「ホームページ」の充実    監督 齊藤 秀樹
                                           
 このSAAのホームページがまもなく140万アクセスを迎えようとしています。100万アクセスを達成してからわずか1年ちょっとでこの数字になりました。本当にありがとうございます。では今回は私がホームページを重視する理由を書いていきたいと思います。
 
 一昔前になりますが、あるテレビコマーシャルに対する視聴者からの投稿欄(新聞紙上)に、大変興味深いやりとりが数週に渡って掲載されていました。
 そのコマーシャルは、母親と赤ちゃんが画面いっぱいに出てきて、仲むつましくじゃれ合っているというシーンで、母と子の愛情いっぱいの姿が、実に美しくほほえましく表現されている映像でした。

 しかしこれに対して「あんなコマーシャルは見たくもないから、すぐに止めてほしい。」という一件の投稿がありました。するとこれに対して、次の週に何百件というすごい数の反論が紙面を賑わし、「人間のもっとも美しい、生命の原点ともいうべきすばらしいシーンをなぜ否定するのか。…」という一斉反論が起こってしまいました。しかしその後様々なやりとりや解説から、「止めてほしい。見たくもない。」と書いた人は、実は子どもがほしいと願いながら何年も子宝に恵まれず、先頃やっとのことで妊娠したと思ったら、不幸にも死産してしまい、このコマーシャルが前触れもなく突然流れてくるたびに、辛くて悲しくて仕方なかったということがわかりました。

 同じテレビを見ていても、見る人の立場や心理状態によって、その受け取り方は様々あるものです。大多数の人が「かわいらしい」「ほほえましい」と思っていても、「見たくもない」「お願いだから止めてほしい」という人がいるのは事実だし、それに対して自分勝手な批判をするなと言っても、その人の苦しさや悲しみは、他の人にはわからないのだから何とも言えません。即ち、同じことでも、人の見方、考え方は全て個に属するということです。

    SAAは毎年100名を超える別々の個性や生い立ちを持った子どもたちを、別々の環境や考え方を持った家庭(保護者)から預かり育てています。ですからクラブが「こういう考えで、こういう活動に力を入れて、子どもたちを育てたい。」と言っても、それに対して賛成・反対は当然出てきます。最近各学校で個人面談が行われているようですが、各担任に対して「もっと宿題をたくさん出してほしい。」という家庭もあれば、「勉強は学校の中でしっかり教えてください。家では机上ではできない体験や子どもの才能を伸ばす学習をさせたいので…。」という方もいるでしょう。

 要するに大切なことは「SAA(学校や担任)のやり方は、私とは違うけど、何をしたいのか、どんな子どもに育てたいのかはよく理解できる。そしてその実現のために、監督(先生方)は常に全力で子どもの指導に当たってくれ、子どもたちは活き活きと活動(学校生活)に取り組んでいる。」ということだと思います。
 学校も家庭も「子どもをかしこく、たくましく、よりよい子に育てたい」という思いは同じはずです。

 学校の考え方や子どもの活動の様子が常に学校だよりやホームページで公開されているということは、例えば、本校の子どもたちは「連帯」の力が弱いので、クラスみんなで心を一つに団結して優勝と記録更新をめざす「長縄とび」を頑張らせている、という学校の取り組みが理解されていれば、「家の子は長縄が嫌だと言っています。是非やめてほしい。」等という保護者からの苦情が、学校に寄せられることはなくなると思います。

   SAAは、これからもクラブでの教育活動を機会あるごとに保護者の皆さんに公開し、このSAAだより「監督から」やホームページを通して、SAAの教育方針や教育内容を説明し、理解と支持を得る努力を継続していきたいと思います。

10:02 | 投票する | 投票数(290)
2025/12/12

目標に向かって努力すること(監督から)

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目標に向かって努力すること  監督 齊藤 秀樹

    今年もまもなく終わりに近づいています。この紙面でお知らせした通り、全国大会に千葉県代表として出場した100mと男女混合リレーでは、全国2位(銀メダル)と全国3位(銅メダル)を獲得し輝かしい成績を収めることができました。たくさんの応援ありがとうございました。子どもたちはSAAの練習日以外にも平日特別練習を行ったり、バトンを自宅に持ち帰って自主練をしたりして精一杯の努力をしていました。だからこそ都道府県記録ランキングで28位だったチームが記録を2秒も縮めて3位入賞するという奇跡が起きたのです。そこで今週は久しぶりに、日本人で初めて米国野球殿堂入りを果たしたイチロー選手の考え方や生き方、努力について書いていきたいと思います。

【持続力】
    よくイチローを天才だという人がいますが、イチロー本人は「自分は天才ではないし、天才なんて言われたくない。」と言います。彼は小学校5年生の時から父親に連れられてバッティングセンターに毎日通い、40才代で引退するまで血のにじむような努力を積み重ねてきました。本人曰く「自分はバットを振るのは好きではないが、振り続けていないとヒットが打てなくなるので、今でも毎日振り続けている」そうです。そもそも天才というのは“努力しないですごいことができる人”のことで、イチローは長年誰よりもたくさんバットを振り続けてきた「努力の人」ということになります。彼を見ていると「質より量を稼ぐこと(たくさんやること)が大切」だということ。「努力は裏切らない」ということ。そして何より「一番うまい人が一番努力したら誰もかなわない」ということがよくわかります。

【モチベーション(やる気)】
    1つのことに熱中するためには「モチベーション」(やる気・活力)を高め、維持し続けることが大切だと言われています。一般的にモチベーションを高めるためには「外発的動機」と「内発的動機」の2つがあります。

 「外発的動機」というのは、①「金銭報酬」(その結果に見合っただけの金銭がもらえること)、②「地位」(実力や結果に見合った地位や役職がもらえること)、③「責任」(役立つ存在として頼られ、責任ある仕事を与えられること)等が考えられます。
 それに対して「内発的動機」というのは、簡単にいうと「自己実現を図る」ことで、目標に向かって努力し、それを達成させる喜びのことです。イチローのモチベーションの根底は、何といってもこの「自己実現」へのこだわりです。完璧なバッターになりたいという思いから、彼は常に最高の自分を追い求めてきました。9年連続200本安打という大リーグ記録を塗り替え、安打数世界記録を塗り替えた時でも、「もっと上手くなりたい」と日々思っていたそうです。

    ある研究によると、「モチベーション」と「目標設定」の間には相関関係があるそうで、簡単に達成できる低い目標や絶対に達成できそうもない高い目標を設定してしまうと、モチベーションは極端に落ちてしまいます。一番いいのは、もう少しがんばれば達成できそうな目標(60%達成可能)の時が、一番モチベーションが高くなるそうです。
 しかしイチローの場合は、達成可能な目標ではなく、遙かに届きそうもない高い目標設定することで、究極の自分を創り上げようとしていました。私たち一般人にはなかなかできないことですが、“一流になるということは、高い遠くの目標を持ち続けること”なのかもしれません。

 さて、我が子を将来一流のアスリートや芸術家にしたいと考えている方は多いのではないでしょうか。「努力の大切さ」「自己実現へのこだわり」「目標を持つこと」等のイチローの生き方や考え方は大切なヒントを与えてくれていると思います。


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2025/12/05

子どもを輝かせるには(監督から)

Tweet ThisSend to Facebook | by:スタッフ
 子どもを輝かせるには    監督 齊藤 秀樹

    確か昨年の「監督から」でも書いたと思いますが、私の教育理念の基本でもありますので、今一度書いていきたいと思います。

 「子どもには無限の可能性がある」「子どもは誰でもよい芽を持っている」私は常々そう信じています。私たち指導者の仕事は、「子どもの中に秘められた無限の可能性を、発見し、引き出し、伸ばし、輝かせること」だと思っています。

    私は休日を使って、SAA(白井アスレチックアカデミー)を30年以上にわたって主宰してきました。その中で今までに総勢170名を越えるの子どもたちを千葉県大会で優勝させ、全国大会に出場させてきました。そこで今までの陸上指導者としての経験から、私が「子どもを伸ばし、輝かせる」ために常に大切にしていることを3つ紹介したいと思います。

【活力ある子どもを育てること】
 走ることが得意でも、苦手でも、適切な指導を受ければ誰でも必ず足は速くなります。そういう意味で私は教育の可能性を信じています。しかし、同じ指導を受けていても記録が飛躍的に伸びて、どんどん速くなっていく子もいれば、少しの向上で止まってしまう子もいるのは事実です。それはなぜでしょう。私は「活力」だと思っています。「活力」とは自分から「上手くなりたい。強くなりたい。できるようになりたい。勝ちたい。」という子ども自身が持っている「内面からのエネルギー」のことです。指導者がどんなに熱心に丁寧に上手に教えても、子ども自身に「活力」がないと決して子どもは伸びません。まず「活力ある子ども」を育てることが大切です。
 活力ある子を育てるには「やればできる」という体験をたくさん味わわせることです。「やった。できた。わかった。うまくなった。バンザイ。」という体験は、子どもに自信を与え、子どもを大きく変容、成長させる原動力となります。

【夢を目標に変えること】
    ノーベル賞受賞者で数学者の広中平祐氏はその著書の中で「自分で目標を決め、それに向かって努力するかしないかで、その結果に大きな違いが出る」と書いています。
 よく「夢」と「希望」と「目標」を同じだと考えている人がいますが、実はこの三者には微妙な違いと順番があります。まず「夢」(できたらいいな)を持つことです。そしてその「夢」に向かってがんばり続けることで、可能性が出てきます。可能性が出てくると「希望」(できるかもしれない)という明かりが差し込み始めます。ただこの「希望」は未だ弱い望みなので、これを強い望み=目標に変えていかなくてはいけません。この希望を「目標」(やればできる)に変えることができたときに、人はすごい力を出すことができます。私が指導しているSAAの子どもたちは、常に千葉県大会で優勝し、全国大会に出場して、日本一になることを目標にして練習に取り組み、大会に望む子どもたちです。目標がもし「県大会に出場して入賞すること」だったらこんなに長年勝ち続けることはできなかったと思います。目標が実現できたときの感動・感激体験は、一生忘れられない宝物になり、これからの人生の生きる自信につながります。

【素直な心を持つこと】 
    運動能力や技術は、一生懸命に練習を積み重ねていけばある程度は身につきます。しかし、伸びる子どもの一番の資質は実は「素直さ」だと思っています。素直で謙虚な気持ちで練習に臨める子は、多くの人から指導や助言をもらうことができます。またその指導や助言に対して、すぐにそれを吸収し自分のものにすることができます。素直さは子どもを向上、成長させるとても大切な資質だと思います。素直な心を持った子どもたちを育てたいです。

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