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子どもを輝かせるには(監督)日誌07/19 09:09

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全国小学生陸上競技交流大会千葉県選考会日誌07/15 16:09

          齊藤 秀樹  監督

 
 

監督から

日誌
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2018/07/19new

子どもを輝かせるには(監督)

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  子どもを輝かせるには     監督 齊藤 秀樹


  「子どもには無限の可能性がある」「子どもは誰でもよい芽を持っている」私は常々そう信じています。私たち指導者の仕事は、「子どもの中に秘められた可能性を、発見し、引き出し、伸ばし、輝かせること」だと思っています。
 
  さて以前にもこの監督欄で書いたと思いますが、私は教員2年目に佐倉市の学級対抗リレーで自分のクラスを男女ダブル優勝させてから、ずっと子どもたちに陸上競技を教えてきました。その中で今までに学校の体育主任時代や現在の陸上クラブ(白井アスレチックアカデミー)を通して、今回の男女リレー10名を含めて、総勢118名の子どもたちを千葉県チャンピオンに育て、全国大会に出場させてきました。
  そこで今回は、私が「子どもを伸ばし、輝かせる」ために常に大切にしていることを3つに絞って紹介したいと思います。


【活力ある子どもを育てること】
  走ることが得意でも、苦手でも、適切な指導を受ければ誰でも必ず足は速くなります。
そういう意味で私は教育の可能性を信じています。しかし、同じ指導を受けていても記録が飛躍的に伸びて、どんどん速くなっていく子もいれば、少しの向上で止まってしまう子もいるのは事実です。なぜでしょう。私は「活力」だと思っています。「活力」とは自分から「上手くなりたい。強くなりたい。できるようになりたい。勝ちたい。」という内面からのエネルギーのことです。指導者がどんなに熱心に丁寧に教えても、子ども自身に活力がないと決して伸びません。まず「活力ある子ども」を育てることが大切です。
  活力ある子を育てるには「やればできる」という体験をたくさん味わわせることです。「やった。できた。わかった。うまくなった。バンザイ。」という体験は、子どもに自信を与え、大きく変身、成長させます。


【夢を目標に変えること】
   ノーベル賞受賞者で数学者の広中平祐氏はその著書の中で「自分で目標を決め、それに向かって努力するかしないかで、その結果に大きな違いが出る」と書いています。
  よく「夢」と「希望」と「目標」を同じだと考えている人がいますが、実はこの三者には微妙な違いと順番があります。まず①「夢」(できたらいいな)を持つことです。そしてその「夢」に向かってがんばり続けることで、可能性が出てきます。可能性が出てくると②「希望」(できるかもしれない)という明かりが差し込み始めます。ただこの「希望」は未だ弱い望みなので、これを強い望み=目標に変えていかなくてはいけません。この希望を③「目標」(やればできる)に変えることができたときに、人はすごい力を出すことができます。この白井アスレチックアカデミーのリレーメンバーに選ばれる子どもたちは、常に千葉県大会で優勝し、全国大会に出場して、日本一になることを目標にして練習に取り組み、大会に望む子どもたちです。目標がもし「県大会に出場して入賞すること」だったらこんなに長年勝てなかったと思います。目標が実現できたときの感動・感激体験は、一生忘れられない宝物になります。


【素直な心を持つこと】 
   運動能力や技術は、一生懸命に練習を積み重ねていけばある程度は身につきます。しかし、伸びる子どもの一番の資質は実は「素直さ」だと思っています。素直で謙虚な気持ちで練習に臨める子は、多くの人から指導や助言をもらうことができます。またその指導や助言に対して、すぐに吸収し自分のものにすることができます。素直さは子どもを向上、成長させるとても大切な資質だと思います。



  女子リレー4年連続 13回目の全国大会出場



  男子リレー2年連続 4回目の全国大会出場


  白井アスレチックアカデミー(SAA) 15年連続全国大会出場


09:09 | 投票する | 投票数(19)
2018/06/27

信じて、任せて、やらせてみる(監督から)

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 信じて、任せて、やらせてみる   監督 齊藤 秀樹
 
   あるハンバーガーショップに勤めだした子が、新人研修の中で、客が来たときの対応の仕
方を習ったそうです。まず元気な声で明るく「こんにちは。いらっしゃいませ。」続いて「お持ち帰りですか。ここでお召し上がりですか。」を確認する。…。


  ある日、一人の客が入ってきて「ハンバーガーを30個ください。」と言いました。するとその新人はとっさに「お持ち帰りですか。それともここでお召し上がりですか。」と言ったそうです。するとそれを聞いた客は呆れたように「30個もここで食べられるわけないだろう。」と激怒したという笑い話です。

  一般にこの新人のような子を「指示待ち人間」とか「マニュアル人間」と呼びます。この人たちは、指示されたことは、その通りきちっとやりますが、自分で考えたり、場に応じて柔軟に判断することができないというのが特長です。


  今からもう30年位前のことですが、小学1年生に自分たちで切符を買わせて、電車に乗って校外学習に連れて行こうという行事がありました。
  駅で電車を待っているときに、あるベテランの学年主任の先生から「電車が来たら2列にしっかり並んで乗りなさい。」という指示がありました。間もなく駅に電車が到着し、何両かに分かれて並んでいた子どもたちが一斉に電車に乗り込みました。すると隣のドアの入り口付近から「先生もう乗れません。」という叫び声が聞こえてきました。「こんなに空いているのにおかしいな」と近づいてみると驚きの光景を目の当たりにしました。なんと!先頭の子は反対側のドアにピッタリと顔を押しつけられ、その後ろにまっすぐ並んだ子どもたちが押し合いながらくっついていて、最後の子が「入れない。入れない。」と泣きべそをかいて叫んでいたのです。「電車の中に入ったら横に広がっていいのよ。」を先生が言わなかったために起こった大事件でした。


  私はこの事件を研修会や保護者会等でよく先生方や保護者に話しますが、その反応は「なんてかわいらしい。素直でいい子たちなの。」と微笑ましく感じている方々が多いような印象があります。
  しかし、私たちは今までの子育てや教育の中で、「言われたことをきちんとやる子がいい子」という教育を繰り返していくうちに、子どもたちから何か大切なものを奪ってしまっているような気がしてなりません。そして大人になっても、前述の店員のような指示待ち、マニュアル人間を数多く育ててきてしまったのではないでしょうか。


   子どもたちに「何でも好きにやってごらん。」と“自由”を与えてみると、最初は「何でも好きなことができる。わーい。」と喜びますが(解放の自由)、そのうち「自分の責任で、考え、判断し、行動しなければならないのは大変だ。」ということに気づいてきます。体験を通して「自分で決めてやったことは、全て自分の責任」という‘自由と自己責任’の関係がわかってきます。


   「先生や親の言うことを聞く子」はいい子です。しかし「先生や親の言うことしかできない子」「言われなければやらない子」はダメな子だと思います。


    「いつまでもあると思うな親と金」という格言ではありませんが、教育の究極の目標は“子どもの自立”です。子どもを自立させるためには‘自分で考え、判断し、決定していく力’=“生きる力”を育てなければなりません。
   「信じて、任せて、やらせてみる」という体験を子どものころから日々実践し、身につけていくことは、子どもの将来にとってとても重要なことだと思います。


08:40 | 投票する | 投票数(40)
2018/05/23

親として一番大切なこと(監督より)

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  親として一番大切なこと      監督 齊藤 秀樹

  突然ですが、皆さんは子どもの前で夫婦げんかをしたことがありますか。また子どもの前で、お互いの悪口や陰口を言ったことがありますか。残念ながらおそらくは、ほとんどの方があると思います。アメリカでは、子どもの前で夫婦げんかをしたり、悪口を言ったりすることは「児童虐待」に当たります。さらに子どもの前で物を壊したり、暴力を振るえば、即「逮捕」です。愛する子どもの心を傷つける行為は許されないことなのです。
 
   さて、私は教員生活の18年間が担任でした。その約3分の2は6年生の担任でした。その内5年6年と持ち上がったのが5回、後は全て単発(1年間だけ)の6年生でした。その理由の多くは5年生の時に一部の子どもが荒れて、先生の指示や指導に従わず好き勝手なことをして、授業が成立しない状態となり、学級が崩壊寸前になってしまったため、その学級の再生役として受け持つことが多かったからです。また2回の行政(教育委員会)経験の中では、主に非行や不登校、児童虐待等の生徒指導を担当することが多かったです。


  そんな経験の中で私はあることに気づきました。それは思春期を迎えて何らかの問題行動や学校不適応を起こす子どもたちの多くが、家庭の中で幼少時から嫌というほど両親のケンカや悪口・陰口の言い合いを経験しているということです。
  考えてみてください。子どもは親を選べません。子どもにとって両親は、この世で最も愛すべき大切な存在であり、最も信頼できる存在です。


  その二人がいつも目の前でケンカをする。どれだけ幼い子どもの心を深く傷つけることでしょう。子どもは人のことが怖くて仕方なくなります。いつもビクビクして他人と向き合うようになります。だから弱い奴だと思われいじめの標的にされてしまいます。
  また、子どもの前でお互いの悪口や陰口を言うと、子どもは人のことを信じることができなくなります。ちょっとしたことで傷つき、心を閉ざし、次第に不登校や引きこもりになってしまいます。
   もしも、つい子どもの前でケンカをしてしまったら、側にいる子どもの方に視線を送ってみてください。どんなにおびえた目をしているか。どんなに身体を小さく丸めて震えているか。その嵐が過ぎてくれるのをじっとがまんして待っているはずです。


  誤解を恐れずにいえば、成人して結婚して子どもを持てば、自然に親になることができるわけではありません。「養ってやってるんだから、子どもが親の言うことを聞くのは当たり前だ。」とか、「ゲームや携帯を買ってやったんだから、勉強しなさい。」等と考えてはいませんか。親になるということは、「親という職業に就く」ということです。家族とは親が社長である一つの会社です。その中でいつも社長と副社長が皆の前でケンカばかりしていて、口を開けばお互いの悪口を言い合っている会社の中で、一社員として勤務していたらどうですか。まず間違いなく組織の統率は乱れ、社員はやる気を失い、こころある社員は辞めていき、いつかは会社が潰れていくことでしょう。
  しかし哀しいことに、家族という会社の社員である子どもたちは、辞めることも、逃げることもできないのです。社長の犠牲になって人生をあきらめながら歩んでいくしかありません。


  学校の先生方も大学で教員免許を取得し、採用試験に合格して、教育委員会から辞令をもらえば教員です。しかし、日々向上心を持ってよりよい先生をめざす努力をしなければ、決して一人前のプロ先生にはなれません。親も同じです。良い親になるためには、絶え間ない学習と、子どもの見本になる努力が必要です。そのことを今多くの親たちが忘れています。親という権威に寄りかかり、その日の気分や思いつきで子どもを追い込んでいます。耳の痛いうるさいことを書いて申し訳ありませんが、是非、今の自分を振り返り謙虚に学ぶ姿勢を持ってください。そして一番大切なことは、いつも笑顔が絶えない温かな家庭の中にこそ、心の安定や本当の幸せがあると思っています。 思春期を迎える子どもたちが数多く入会しているSAAなのであえて今回書きました。                 
                   参照・引用…「子育てで一番大切なこと」水谷修 著


08:47 | 投票する | 投票数(68)
2018/04/11

「やればできる」が合言葉(監督より)

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「やればできる」が合言葉   監督 齊藤 秀樹

  私が学校やSAAの中で子どもたちにずっと言い続けてきたのが「やればできる」という言葉です。子どもには無限の可能性があります。大きな夢を持ち、それに向かって努力すれば叶わない夢やできないことなんか何もないし、これからどうにでも成長したり変身したりできると信じています。

  しかし、これは何もせずにじっとしていれば自然にできるものではないと思います。夢を叶えるには「自分からやってみようとする力(挑戦力)」が必要です。いつも子どもたちには次のような話をします。「君たちが人間として生まれてきたときは、泣く、吸う、飲み込むこと以外は、何一つできなかったんだ。そんな君たちが、寝返りを打ち、ハイハイをし、つかまり立ちか ら立てるようになり、歩き、走り、今では自由に跳んだりはねたりできるようになったでしょう。これは、一つひとつできないことに挑戦し、何回失敗してもあきらめずに努力し、がんばったからこそできたことなんだよ。だからこれからもいろいろなことに挑戦していこう。やれば必ずできるから。」と。
  私は自身の30年以上に渡る教員,指導者人生の中で、たくさんの子どもたちの夢を叶え、忘れられない思い出をつくり、時に「信じられない。奇跡だ。」と思われるようなことも実現してきました。だから、たかだか10年くらいしか生きていない未熟な子どもたちの口から、「私には無理です」「やったってできっこない」「今のままで十分満足です」なんて言う言葉を聞くととても悲しくなります。挑戦もせず、努力もせずに、はじめからあきらめてしまって、自分の可能性を限定し、人生を降りてしまっている子をみると、「何を言っているんだ。やってみなければわからないじゃないか。一緒にがんばってみようよ。」と言いたくなります。
  SAAはこれからも「やればできる」を信じて、何事にも全力で挑戦できる子どもを育てたいと思っています。
17:00 | 投票する | 投票数(60)
2018/02/21

みるスポーツ考(監督)

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みるスポーツ考         監督 齊藤 秀樹

   平昌の冬季オリンピックが連日のように放映され日本中が熱狂しています。フィギュアスケートの羽生選手の金メダル2連覇に日本中が歓喜し、31才で初の金メダルを獲得したスピードスケートの小平選手のひたむきな努力に賞賛の拍手を送り、期待された選手の思わぬ失敗に一喜一憂しました。今更ながらスポーツの持つ影響力の大きさに驚かされます。
 さて、2020年にはオリンピックが東京にやってきます。そこには一体どんなドラマが待っているのでしょう。今からとても楽しみです。
  ということで、今回は「スポーツを見る」ことの意義や魅力について考えてみたいと思います。
    

  私は常々「日本人は本当にスポーツが好きなんだな。」と感じています。オリンピックや世界大会で次々にメダルを獲得する選手たちの活躍に、日本中が歓喜し、お世話になったコーチや両親に抱きつく姿に感動の涙を流します。

  ところでスポーツといえば自分が「直接参加するもの(やるスポーツ)」という固定観念がありますが、それとは全く違う第三者的な立場で「みるスポーツ」というのが今注目されているそうです。ある調査でも「スポーツを見るのが好き」と答えた人の割合は「スポーツをするのが好き」と答えた人の割合を遙かに上回っているそうです。
  
   さて「みるスポーツ」の最大のおもしろさは何といっても、自分がまるでテレビの中の選手や監督、更に観客になったような気分になれることです。つまり、自分を様々な人物、場面、状況に置き換えて疑似体験できるところにあります。例えば、普通の人はスケート靴をはいて4回転ジャンプをしたり、165㎞のボールを投げたり、100mを9秒台で走ったりする経験はまずできないはずです。しかしそれを羽生選手や大谷選手やボルト選手が実現してくれ、自分もそのドラマチックな感動を共有することができるのです。そしてそれがとうていできない技術や体力であり、より高度なレベルの競争であればあるほど、感動の度合いは高くなります。
  また、スポーツを見ることを通して、チームや地域、そして国家というものが強く結びつき、感動を共有することもできます。


  もう一つ「みるスポーツ」には、情報や知識の蓄積ができるというおもしろさもあります。自分の好きなスポーツを見続けることによって、指導者や解説者並みの知識を持ち、瞬時にドラマの中で、それを必要なときに取り出して楽しむこともできます。

 さて「みる」というのは、「見る」「観る」「視る」「診る」といろいろありますが、「スポーツをみる」というのは「観る」(鑑賞すること)です。ですから「鑑賞する目」(眼力)が必要です。この目は、音楽や美術、文字などの世界ではかなり進んでいるものですが、スポーツや体育の分野で「鑑賞力を育てる」という学習は今までになかったと思います。しかし今や、スポーツは人々にはなくてはならない大衆文化です。スーパースターの高度な技術はもちろん、フェアーなプレーや発言に大きな影響を受けたり、ケニアやエチオピアという国がなぜマラソンが強いのか。ブラジルという国がなぜサッカーが盛んなのかを知ったり、世界の国と日本の文化や考え方の違いを理解することもできます。学校でも6年生の社会科や総合的な学習の国際理解等の教材に「みるスポーツ」を取り上げて調べ学習を進めてみるのもいいかもしれません。


  どちらにしても、今回のオリンピックを通して、「少年少女よ、大志を抱け」「どんなに絶望が大きくても、それに負けない希望を強く持ち続けることの大切さ」「努力は裏切らない」「やればできる」「うれし涙や悔し涙は、全力を尽くして努力してきた人にしか味わえない」…。子どもたちは、これからの人生に必要な大切なことをたくさん教わったのではないかと思います。


 SAAは、これからも県大会、関東大会、全国大会等にたくさんの選手を参加させ、全力を尽くしてがんばる子どもたちの姿を直に見ていただくことで、感動・感激をお届けしていきたいと思っています。


08:33 | 投票する | 投票数(100)
2018/02/15

「努力する」ということ(監督から)

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 「努力する」ということ   監督 齊藤 秀樹

  さて前にも書いたかもしれませんが、ノーベル賞受賞者で数学者の広中平祐氏はその著書の中で「自分で目標を決め、それに向かって努力するかしないかで、その結果に大きな違 いが出る」と書いています。自ら目標を決めそれを達成するために最大限の努力をするってすばらしいことです。
  最近、教育の世界で「楽しい」という言葉がとてもよく使われるようになった気がします。「楽しい学校」「楽しい授業」「スポーツの楽しさ」…。確かに子どもたちに楽しさを味わわせるというのは大切なことだと思いますが、私が大切にしたいのは「楽しい」よりも「うれしい」(喜び)という体験です。よく「楽しさと喜び」という言い方もされますが、この両者には大きな違いがあると思っています。

  「楽しい」という言葉は、自分の好きなことを、自分なりにやっているだけで「楽しい」のですが、「喜び」というのは「できた。やった。勝った。うれしい。」という感動・感激体験のことです。そして、その気持ちを味わうには必ず“苦しくても、歯を食いしばって、精一杯努力した”という過程が入ります。即ち「努力」です。何かが成功したとき、何かをやりとげたときに、バンザイして飛び上がるほどうれしい。失敗したり、夢が叶わなかったときに、涙があふれて止まらないほど悔しいという心情は、その過程の中で精一杯の努力をしない子には決して味わうことのできない感情です。

   私は日々の練習や大会の中で数多くの感動・感激体験を味わわせ、常に“やればできる”を信じて努力できる「活力ある子」を育てたいと思っています。
  何度も同じことを言いますが、子どもには無限の可能性があります。大きな夢や目標を持ち、それに向かって努力すれば叶わない夢なんかないし、これから先の人生をどうにでも創っていくことができます。
 
  人生経験が豊富な私たち大人は、今までに多くの失敗や挫折を経験してきているため、つい「無理しなくていいのよ。」「あなたは今のままで十分よ。」という言い方を子どもにしがちですが、もしかすると、そのことが子どもの秘められた可能性を限定し、小さくまとめてしまっているのかもしれません。「無理だ」「できっこない」「どうでもいい」なんていう言葉は、たかだか10年前後しか生きていない子どもたちが口にするには、あまりに悲しい、情けない言葉だと思います。
  いつもとは言いませんが、時には本人の気分や意志に関係なく無理矢理にでも「やってみろ!」と尻を叩き、「もういいかな。」という我が子かわいさを少し我慢して「まだまだ!」と突き放してみることも必要ではないかと思っています。


   しかしよく考えると「努力」というのは、実はその子の能力には関係なく、一人ひとりの意識の中にかなりの差があるものです。学校のマラソン大会の前に「先生、昨日グラウンドを3周も走ったよ。」と満足そうに言ってくる子もいれば、30周走っても「自分には、まだ努力が足りない。」と感じている子もいます。テスト前に教科書を10分くら一通り読んできて、「今日のテスト勉強は完璧だ。」という子もいれば、2時間以上かけて、あらゆる問題を解いてからテストに臨む子もいます。このような大きな違いがあるにもかかわらず、本人は「努力した」と同じ気持ちでいるのです。


   子どもの可能性を信じることは大切なことですが、このことは必ずしも結果の平等を意味しないと思っています。自分自身が努力不足を自覚している子はまだよいとして、他人(先生や指導者)から見れば、どう見ても努力したとは思えないのに、本人は満足してしまっている子というのは、当然ですがいつまでたっても結果がついてきません。こういう子は一言で言えば“自分に対して甘い子”です。

  こういう子には、叱咤激励して、無理矢理にでも結果を出させ、自信を持たせてあげることで意識改革をさせることが時には必要だと思います。

  白井アスレチックアカデミー(SAA)ではこれからも、‘やればできる’を信じて、自分に甘えることなく、歯を食いしばって全力で努力し、「やった。できた。勝った。」という感動・感激体験をたくさん味わわせてあげられる、そんなスポーツクラブでありたいと思っています。 


10:58 | 投票する | 投票数(106)
2018/01/09

3学期の意義について考える

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3学期の意義について考える     監督 齊藤 秀樹

【1年のまとめ】 
   1月~3月というこの時期は、今の学年最後の3ヶ月であり、1年のまとめの時期でもあります。4月~12月の間でやり残したことや、できなかったこと、わからなかった内容はないかもう一度振り返ってみて、全ての面で総点検をし、この時期にしっかり身につけておきましょう。
  物事には「段階・系統」というものがあります。2年生のかけ算九九ができなければ、その後に出てくる分数や小数のかけ算はできないし、高学年で出会う通分や約分もできません。また、水に浮けない子は決して泳げないし、自分のことも自分でできない子が、他人のために何かをやってあげられる「思いやりのある子」には決してなれません。

  このように今やっておかなければならないことをそのままにしておくと、必ずその「つけ」が後々の自分を苦しめることになります。簡単な例えを出して説明すると、4年生で習得すべき学習内容が「10」だとすると、4年生で「8」しか身につかなかった子は、次年度の5年生では10+2=「12」の内容を理解し、身につけなければならないことになります。更に、小学校時代に身につけるべき習得内容を「100」として、6年生終了の段階で「70」までしかできていなければ、中学校では「130」の内容を身につけるために大変な努力をしなければなりません。こういうことが繰り返されていくと、いざ自分の進路選択をするときになって、「あの時しっかりやっておけばよかった。」と後悔しても取り返しがつかないことになってしまいます。
 陸上競技では、瞬発力、筋力、持久力、柔軟性、リズム感覚などの基本的な体力づくりや効率的で正しい走りのフォームづくり、各種目のポイントやコツ等をしっかり理解し習得しておくことが大切です。どうぞまとめの時期である3学期のうちに、やり残し、持ち越しがないようがんばりましょう。


【1年の始まり】
   ○年生という学年はそのままですが、1月は平成28年(2016年)のはじめでもあります。日本は古くから「1年の計は元旦にあり」と言われてきました。年の初めは誰しもが「今年こそは…」という目標を持つはずです。「始めよければ全てよし」「千里の道も一歩より」「はじめのボタンを掛け違えると、最後のボタンははまらない」等のことわざがあるように、年の初めに「最初の一歩」を大切にしたいものです。
  以前にも何度か書きましたが、ノーベル賞受賞者の数学者である広中平祐氏は「人は目標を持つか持たないかで、その後の結果に大きな違いがでる」と言っています。新年に当たり、まずは今年の目標をしっかり持って、できるだけ早く「最初の1歩」を踏み出しましょう。


【次学年への心の準備】
   「1月は行く。2月は逃げる。3月は去る。」と言われるとおり、3学期は1年で一番短い学期です。あと少しで、4年生は5年生になりいよいよ学校の代表選手として学校のユニホームを着て各市町村の大会に出場することになります。5年生は最高学年(6年生)として、SAAの先輩達が築いてきた輝かしい歴史と伝統を守り発展させていく立場になります。そして、6年生は中学生になって、本格的な部活動に参加し、各種の陸上大会で今まで仲間として活動してきたSAAのメンバー達と競い戦うことになります。いつも近くで作戦やアドバイスをしてくれた監督、コーチはもういません。自分の力でコンディションを整え、最高のパフォーマンスを発揮しなければないません。今のうちから自分で考えて練習や本番に向かえるよう心の準備をしておくことが大切です。
  実はこの進級・進学時に、上手く環境やシステムに適応できずに不登校になってしまう子が結構多いのです。特に6年生は「中一ギャップ」と言って、中学1年生になると小学校6年生の約3倍の子が不登校になってしまうそうです。次学年になってから適応していければいいのですが、今のうちから中学年と高学年の違い、そして小学校と中学校の違いを知り、その準備をしておことはとても大切なことです。
  そういう意味で、このj時期は「次学年への心の準備」でもあることを自覚して生活してほしいと思います。

  明日の新年度第一回目の練習でも3つのことを子どもたちに話します。「今までと同じではない」という新たな気持ちで、1月をスタートしてほしいと願っています。


15:07 | 投票する | 投票数(88)
2017/10/05

教育に「競争」は必要か(監督より)

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  教育に「競争」は必要か     監督 齊藤 秀樹     


  確か前にも書いたことがあるかもしれませんが、今の時期は「スポーツの秋」と呼ばれるとおり、あちこちで運動会やスポーツ大会が盛んに行われています。
  では本題に入ります。運動会やマラソン大会は、そのスポーツの持つ特性上、大勢の友だちや保護者の方々が見ている前で、ハッキリと勝敗や順位が決まる行事です。勝てば皆から喝采を浴びて良い気持ちになる反面、負けたときはとても悔しく悲しい気持ちにもなります。

   これを受けて近年「たくさんの観衆の前で勝敗や順位をつける競走は好ましくない。」「遅い子がかわいそうだ。」という一部の保護者からの強い反対論に押され、運動会では徒競走のゴールをみんなで手をつないで横一線にゴールする学校や、マラソン大会では自分が○分○秒で走るという申告タイムを事前に決めさせて、そのタイムに近い子どもから順位をつけていくという学校まで出てきてしまいました。


   これは間違っていると思います。
  私は、数多くの多様な個性や能力を持った子どもたちが集まり生活する学校では、「みんな違ってみんないい」し、「人との違いを認め、個性を尊重し合える心の強さや大きさを持ってほしい」と思っています。「ひいきだ。」という言葉を気にした“形式的平等”は、子どもたちから「勝つという目標に向かって、自分なりに精一杯がんばる」という“活力”を減退させます
 
  日常の学校生活では控え目でおとなしく目立たない子でも、「かけっこ」だけは得意で、唯一の特技だという子が、運動会やマラソン大会で晴れがましくゴールテープを切り、輝いたっていいじゃないですか。「ずるいな。あいつばかり目立って。むかつく。」なんて思う子は、あまりに心が貧しすぎます。私は素直に「すごいね。さすがだね。おめでとう。よーしぼくは得意の漢字でがんばるぞ。」という子を育てたいのです。
 
  走るのが苦手で徒競走がビリだって、歌が抜群に上手い子や、計算が速い子、字がきれいな子、友達を作るのが上手な子、健康で一日も学校を休まない子はたくさんいます。子どもたちには誰にでも、これだけは人に負けないというものが必ずあるはずです。
  この世の中に競争のない世界なんてありません。子どもの頃に競争することから遠ざけられた子どもたちが、社会に出て行ったとき、現実の世界に対応することができず辛い思いをするのは本人です。
 
  自分の得意不得意を事実として認め、自分探しをしながら自分に一番合った職業を選択し、競争社会をたくましく生き抜いていくための力を、子どもの頃から身につけていくことはとても大切なことだと思います。
 
  「競争」では負けた悔しさと勝った喜びを味わうことができます。私は負けた悔しさがあるからこそ、勝った喜びがあると思っています。そしてこの体験は、飛び上がってバンザイしたくなるほどの感動・感激体験として心と体の中に深く刻み込まれます。
  同時に、自分と他人との違いを受け入れ、認め、尊重する豊かな心を育てます。
 
  私たちの仕事は一人ひとり違う個性や能力を持った子どもたちを、あらゆる場面で、一人でも多く輝かせることだと思っています。
  競争心は、優劣がつくという厳しい現実の中で、勝利という目標に向かって、少しでも自分を成長させるために、自分の持っている無限の可能性を引き出し、伸ばすために“必要だ”と思います。


14:48 | 投票する | 投票数(157)
2017/07/13

発達時期に応じた体力トレーニングを

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発達時期に応じた体力トレーニングを 監督 齊藤秀樹

  SAAにはたくさんの教え子たちがいます。ホームページでも紹介したとおり、中学校に行って、才能が開花しすばらしい選手に育って活躍している子どもたちを見ていると、とてもうれしくなります。そこで今回は「体力トレーニング」について書いていきたいと思います。

   「体力」とは「敏捷性」「筋力」「持久力」「柔軟性」「巧緻性」等の様々な運動能力の総称です。これから大人になっていく子どもたちにとって、健康で強い体を作ることは極めて重要です。しかしこの体力づくりには、それを伸ばすのに適した時期というものがあります。今回はそのいくつかを紹介してみましょう。


   まずは「敏捷性」。これは素早い身のこなしや手足を動かすスピード、反射神経などでですが、この能力は比較的低い年齢でピークを迎えてしまうと言われています。小学校6年生の段階では、男子が93%、女子が99%に達してしまいます。ということはこの敏捷性は小学校時代に鍛えておかないと、もうこれ以上は速くならないということです。体はまだ小さいけれどもすばしっこい子というのは、将来無限に伸びる可能性を持った子だと言えます。日常生活の中でできるだけ素早く動く体験をさせるよう心がけるとよいでしょう。


  次に「持久力」ですが、これはエネルギーの消耗に対して、どのくらいの時間動き続けることができるかという力です。これも5分間走のデータを見ると、男子が89%、女子が97%の発育発達をしてしまいます。私たち大人が子どもを見て、「よく疲れないものだな」と感じるのはこのためです。しかしここで間違ってもらっては困ることがあります。それはこの数字は、こどもの体重当たりの酸素摂取量であって、大人の体になった時12才時(小学校6年生)の心肺機能の発達・発育は60%だそうです。したがって今は体が軽いから疲れないのであって、心肺機能の発育はまだまだ未熟な時期ですから、無理な長距離トレーニング(毎日10キロ走らせる等)は避けるべきだと思います。


  最後に「筋力」ですが、これは小学校6年生時では、男子が50%、女子が70%位の発育・発達です。したがって筋力がピークを迎えるのはまだまだ先の話ですので、力が強くなりたいからといって、バーベルを持ち上げたり、何百回も腕立て伏せや腹筋をしたりすると、大人の体づくりを早めてしまう恐れがあり、これが将来の伸び悩みにつながってしまう原因ともなります。私は毎年小学生の全国大会に子どもを連れて行きますが、決勝に並ぶ子どもたちの中にはとても小学生とは思えない筋骨隆々の大人顔負けの体が出来上がってしまった6年生がいます。実は小学校時代のスーパースターが高校に入る頃には普通の選手になってしまう例がたくさんありますが、これは一般に「早生(わせ)」といって、他のこどもより筋力の発達が2~3年は早い子のことをいい、早く結果を出したいという指導者や保護者の犠牲になってしまった子といえるかもしれません。


   人間の体力全体のピークは、一般に男性が20才~22才くらい、女性が16才~18才くらいと言われていますので、それまでに年齢に応じた体力づくりと、将来を見通した計画的なトレーニング(練習、訓練)をしていくことが大切です。

  そこでSAAの指導理念として、常に次のことを意識して子どもたちに指導してています。

①腕立て伏せやタイヤ挽き、ボックスジャンプ等の筋力トレーニングはやらない。
②長距離(10キロ)を走らせたり、連続してダッシュをさせたりはしない。
③子どもの伸びしろを残して、中学校に引き渡す。
④毎日の追い込んだ練習をして、目先の結果を求めない。
③効率のよい走り方の基本と陸上競技の楽しさを味わわせる。

中学校で開花し輝くSAA出身の先輩たち


県通信陸上  共通女子100mハードル 優勝 14秒02
県総合体育大会 共通女子100mハードル 優勝 14秒00
※大会新記録 千葉県中学記録樹立
関東中学校陸上競技大会 共通女子100mH 優勝 13秒62
※大会新記録 最優秀選手 祝 関東一
全日本中学校陸上競技選手権大会 
女子100mハードル 第3位 13秒80(-0.3)



県通信陸上大会  3年男子100m 優勝 11秒08  
県総合体育大会  3年男子200m 優勝 22秒27
全日本中学校陸上競技選手権大会 男子100m 優勝 10秒93
※祝 日本一



県通信陸上大会  1年女子100m  優勝  13秒13
県総合体育大会  1年女子100m  優勝  12秒67
関東中学校陸上競技大会  1年女子100m  優勝  12秒58
※祝 関東一


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2017/06/21

教育の最終目標は「子どもの自立」

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 教育の最終目標は「子どもの自立」  監督 齊藤 秀樹

  SAAで活動している子は4年生から6年生です。発達心理学からすると、丁度「思春期」に当たります。そこで今回は卒業生も含めて、思春期から青年期にかけての子どもの接し方と親の在り方について書いていきたいと思います。

   思春期の子どもの扱いや育て方で保護者の方が一番悩むのは、なかなか素直に言うことを聞かない、反抗的な言動が出てくることです。しかし発達心理学からすると「思春期に子どもが親に反抗するのはある意味当然であり、反抗しない方が心配である。」と考えます。したがって「うちの子には反抗期がない」ことを誇らしげに自慢する必要はないし、それがよい親子関係だとは必ずしも言えません。
  この時期にしっかり親離れしないと子どもはいつまでも独り立ちできないし、親も子離れできなくなってしまいます。
 
  この時期の子どもは「自分とは何者か」という“自分探しの旅”を始めます。自分はどんなものが得意でどんなものが苦手なのか。どんな個性や能力を持っているのか。今どんな生活を送り、どんな人たちとつき合いがあるのか等を手がかりに自分自身を理解します。そして自分が今まで生きてきた人生を振り返り、ときに否定し、自己を再構築していきます。その自立のためのエネルギーが、今まで何でも言うことを聞いていた親への「不服従や反抗」という形で現れるのです。


  ではこの反抗期に親からの自立や子離れがうまくいかないと、その後どんな影響が出てくるのかについて考えていきたいと思います。

  まずエネルギーが家庭の外に向けて発散されるケースとして「非行や犯罪などの反社会的行為」となって現れることがあります。親との葛藤があるにも関わらず、その不満が親に直接向くのではなく、社会に向けられ非行、犯罪という形で現れる場合です。

  2つ目は、とても悲惨な結果として起こりうる「家庭内暴力や親殺し」というケースです。本当は一人前の人間として認めてもらいたいのに、上手く関わってもらえない(相手にしてもらえない)。そのやり場のないネガティブな思いが、親に暴力的に向けられてしまいます。子どもは親を攻撃の対象にすることで親を乗り越え、自己を確立しようとする場合もあります。

  3つ目は、親との関係の不満が子ども自身の内側にたまるというケースです。そのよい例が「引きこもり」です。家から何ヶ月も何年も外に出ないで家の中にいる。そして家にずっといながら、インターネットなどのメディアとのみ外部とつながる。食事は親から与えてもらうが、生活や趣味には干渉されない生活を送るという場合です。
  これは、親が自分を独立させてくれない結果として現れる現象の一つです。外とのつき合いを持てずに、親のなすがままに育てられ大きくなった弊害といえるでしょう。


    もう一つつけ加えると、現在は自立して大人になるまでの時間(青年期)が非常に長くなっているように感じます。20才で成人になることは変わりませんが、例えば就職、結婚、子育て、持ち家は一昔前に比べて確実に遅くなっています。「自分探し」がなかなか終わらずに長い年月を費やす若者が増えています。「パラサイト・シングル」と揶揄されるように、いつまでも独身でニートやフリーターを続けながら親に「寄生」している若者は現在も少なくありません。

   更に、皆さんは1992年のTBSで放映された「ずっとあなたが好きだった」というドラマを知っていますか。主人公の佐野史郎扮する中年の「冬彦さん」は、いつも従順に母親の言うことを聞きます。この母親は息子の結婚生活に干渉し、妻よりも率先して愛情表現をし、独立して家庭を持った息子の生活に平気で割り込んでいく。当時は多くの視聴者から「気持ち悪い」「異常な関係だ」と騒がれたほどの親子関係でした。
 
   「いつまでも あると思うな 親と金」といわれるように、子育ての最終目標は子どもの「自立」です。特に思春期から青年期にかけては、子どもにやたらとべたべたしない方がよいし、事細かに親の考えを押しつけて、子どもの主張を抑え込み、親の前で「よい子」を演じさせてはいけません。これは非常に危険であり、ふとしたきっかけて思いもよらない行動に発展しかねない可能性を持っています。

   子育ては子どもの発達段階に応じて「適切な距離感」を持つことが最も大切なことだと思います。


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