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今一度「しつけ」を見直そう③(監督から)日誌07/06 09:42
今一度「しつけ」を見直そう②(監督から)日誌07/01 07:42

          齊藤 秀樹  監督

 
 

監督から

日誌
12
2022/07/06new

今一度「しつけ」を見直そう③(監督から)

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 今一度「しつけ」を見直そう③   監督 齊藤 秀樹

  では今週からSAAの子ども達の年齢(発達段階)である、思春期(10歳~15歳位)の子どもの特徴と、そのしつけ方について詳しく書いていきたいと思います。

 この時期の子どもは、「自分とは何者か」という“自分探しの旅”(アイデンティティの確立)を始めます。自分はどんなものが得意でどんなものが苦手なのか。どんな個性や能力を持っているのか。今まで憧れていた夢や希望は本当に叶うのだろうか。今現在自分はどんな生活を送り、どんな人たちとの付き合いや関係を持っているのか…を手がかりに自分自身を理解していきます。そして自分の今まで生きてきた人生を振り返り、時にそれを否定し、自己を再構築していきます。その“自立のためのエネルギー”が、今まで素直に何でも言うことを聞いていた親への「不服従」や「反抗」という形で現れるのです
 
    それでは私がよく先生方の生徒指導研修会や保護者対象の家庭教育学級等で例題として紹介する『積木くずし』という書籍の内容を中心に考えていきます。この本は今からかれこれ30年以上前、中学生の「非行」が社会問題として世間を騒がせていた頃に出版され、300万部を超える大ベストセラーとなりました。この本は、ある有名俳優が非行に走った我が子を主人公に書いたもので、その後テレビドラマ、映画、リバイバル版…が次々に出ましたので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 では、なぜこの本がこんなにも当時の親たちを夢中にしたのでしょうか。それは親たちの中に「もしかしたら近い将来、家の子も…。ひよっとしたら明日にでも我が子が…。」という子育てへの不安が、とても他人事とは思えなかったからではないでしょうか。この本の中では、日に日に非行の度合いが激しくなる我が子と、その娘の一挙手一投足に戸惑い、悩み、オロオロするばかりの親の姿がしばしば出てきますが、これを読んでいくうちに、いつしか登場する親の姿と自分の姿を同一化し、「自分だったらこういう時にどうするか。どう扱えばいいのか。対処はできるのか…。」を一緒になって考え、探し、悩みながら読んでいったのでしょう。

    しかし、私がこの本の中で一番興味を惹かれたのは、実は親と娘との葛藤場面ではなく、親が娘のことで相談に行ったカウンセリングの専門家(警視庁の心理鑑定技師)からの助言と、この助言を必死に守ろうとする両親との闘いの場面でした。実はこの専門家からの助言というのは、両親にとっては「そんな馬鹿な。こんなことできるはずがない。」というものばかりだったのです。
 では、専門家からまずはじめに出された助言を紹介します。 

助言1…「子どもと話し合いをしてはいけない。」(親の方からは絶対に話しかけては  いけない。もし子どもから話しかけてきたら、相づちだけを打て。しかし決して意見   を言ってはいけない。)

助言2「子どもに交換条件を出してはいけない。また、子どもからの条件も受け入れてはいけない。」

助言3「他人を巻き込んではいけない。」(どんなに悪い友人から娘が被害を受けても、決してその友人の保護者に抗議したり、会って相談したりしてはいけない。)

助言4「日常のあいさつだけは、親の方からきちんとしろ。」(それに対して、娘がしなくても叱ってはいけない。)

助言5…友人からの連絡があった時は、それがいかなる悪い友人からの、とんでもない誘いであっても、本人にその通り正確に伝えなければならない。」

   いかがですか。専門家がこの親に何を求めているのかわかりますか。次週はこの助言に込められた意味を詳しく説明していきます。                          つづく

09:42 | 投票する | 投票数(13)
2022/07/01

今一度「しつけ」を見直そう②(監督から)

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 今一度「しつけ」を見直そう②   監督 齊藤 秀樹
【「しつけ」とは】
 『しつけ』という言葉は、辞書によると「礼儀・作法を仕込むこと」(新明解国語辞典)また、「子どもが所属するそれぞれの集団にとって望ましい基本的な行動様式、習慣、価値、態度を教えならすこと」(学校カウンセリング辞典)とあります。
 「心の教育」の充実や重要性が叫ばれて久しいですが、「悪いことは悪いとしっかり教える。世の中には、人としてしてはいけないことがあることを理解させる。…。」という『しつけ』という問題について、そのポイントを今週から考えてみたいと思います。

【外側からのしつけ】  
    ペットを家で飼う場合、飼い主は部屋の一角に砂や新聞紙を入れた箱を置き、そこに用便ができるように「しつけ」ます。きちんとできたら餌などのご褒美を与え、できないと叱ったり、時には叩いたりしてできるまで練習させます。ペットをしつけるにはこのような方法が最も効果的で、手っ取り早くしつけることができるそうです。
  このように『しつけ』には、いやでも何でも無理矢理やらせることによって「慣らしてしまう」(できるようにさせてしまう)という方法があり、これを「外側からのしつけ」と言います。

    教師も保護者もそうですが、「この子を何とかしたい」「このままではまずい」という気持ちが強ければ強いほど、手段を選ばずにできるだけ短期間でよりよい成果を求めたくなります。例えば、家庭学習の一覧表を貼りだし、そこにシールを貼って背比べ競争をさせるとか、約束が守れなければ、グラウンドを走らせたり、残り掃除を命じるとか、百点を取ったら小遣いをあげる…の方法です。
 このように競争をさせたり、罰を与えたり、報酬を与えたりすることによって、できるようにしていくというやり方は、前述のペットを慣らすのと同じで、できないことをできるようにする時には、とても効果的なしつけ方法です。
   しかしこの方法には、大きな欠点があります。それは子どもは罰がいやで(報酬がほしくて)やっているわけですから、たとえ一時期その人の前ではできるようになっても、別の場所や違う人、環境によって、すぐに元に戻ってしまうことが多いようです。

【内側からのしつけ】
    人間の子どもを育てるというのは、ペットをしつけることとは少し違うのではないかと思います。そこで「内側からのしつけ」をお薦めします。「内側からのしつけ」というのは簡単に言えば「自分自身の判断基準で、自分からやろうとすること」です。このしつけ法には、次の3つのステップがあります。

①「理解」…何でそれをするのか。なぜしなければならないのかを理解していること。
②「方法」…それをどうやればよいのかを知り、やり方を身につけていること。
③「意欲」…自分から進んでやり続けようとすること。 

  例えば「食事の前には必ず手を洗う」ということをしつけたいなら、まずは①衛生面、健康面、マナー等から、その必要性を子どもが納得いくまでわからせます。次に②子どもを水道の前に連れて行き、石けんを使って何度も繰り返し洗わせ、正しい手の洗い方を身につけさせます。③後は、その子が自分からやる気になればよいのです。こう書くと実に簡単そうですが、これはけっこう根気がいる仕事です。「どうしてやらなければいけないの」(理解)と「どうやればいいの」(方法)はどちらかというと解決しやすいのですが、一番やっかいなのは「やる気がしない」「面倒だからやらない」(意欲)という問題です。どうしてやらなければならないのかはわかっているし、やり方も知っている、だけど面倒だからやらない?…。「ふざけるな!」と怒ってみても仕方ありません。
 
   子どものしつけの基本は、山本五十六の名言“やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は育たず”です。“やりもせず 教えもせずに ただやらせ 叱りとばせば 子はいじける”では子どもを正しくしつけることはできません。一つ一つのステップをしっかり確認し、長い目で子どもを見守ることが大切なポイントとなります。     つづく

07:42 | 投票する | 投票数(46)
2022/06/24

今一度「しつけ」を見直そう①(監督から)

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今一度「しつけ」を見直そう①  監督 齊藤 秀樹

 現在仕事の関係(白井市学校支援アドバイザー)で各学校を訪問し先生方から子どもの様子や保護者からの相談事などを聞いてアドバイスをしています。そんな中で最近の保護者面談で保護者からの相談が多かった内容を聞いてみると、「最近思春期に入ったのか、反抗的な態度が多くなって困っています。」とか「なかなか子どもが言うことを聞いてくれなくて悩んでいます」という家庭内での「しつけ」についての相談が数多く寄せられていたようです。そこで、今回からこの問題について今一度何回かのシリーズに分けて考えていきたいと思います。

 ある本にこんなことが書いてありました。社会人になった若者が、この先その道で一流になって活躍していくか、二流、三流のまま大して組織の役に立たない働きしかできないかを見るには、家でバーベキューパーティーを開催してみればよくわかるそうです。一流になる若者は実によく働くし気が利きます。肉の買い出しは率先してやるし、ロースやカルビは率先して自分で焼き、ビールも皆に注いでまわる。更に気を利かせてお土産にデザートまで持ってくる。席は譲り合うし、小さい子の面倒もよく見る。当然、後片付けの時もお皿を完璧に洗い、実に礼儀正しくお礼の挨拶をして家路についていくことができます。つまるところ、何かとしつけが行き届いており、自主的に周囲の役に立つことをすることができるのです。そんな彼らとは対照的に、真ん中の席にドカンと座り、何もせずに一番高級なカルビだけをバクバク食べているだけの若者もいます。一体この差はどこから生まれてくるのでしょう。

 私たちの職場である学校にも、近年、新採用の若い先生方が毎年のように入ってくるようになりましたが、その多くの先生方は皆、子どもの頃から成績優秀で、一流の高校を出て、国立大学や有名私立大学の教育学部を卒業して教師として赴任してくる人が多いです。しかしその先生がよい先生かどうかは、学歴や専門性ではなく、人間としての深みや幅の広さを持っているか、他者への配慮や誰に対しても敬意を持って丁寧に接するマナーが身についているかどうかで決まります。即ち「豊かな人間性」を持っているかどうかです。豊かな人間性を持っている若手職員に話を聞くと、その多くが幼少時に「時間や約束は守らなければいけない」「メリハリをつけてやるときはやる」「靴はきちんと揃えて脱ぐ」「宿題は嫌でもやらなければならない」「挨拶ができるのは基本」…当たり前のことを厳しくしっかり親からしつけられていたと言います。即ち大人になって組織のリーダーになったり、人の役に立つ人になるかどうかは、幼少期のしつけで決まるといっても過言ではないと思います。
 
 多くの親たちは、子どもに勉強させようとはしますが、直接的なしつけは疎かにしがちです。大切なことは、身の回りの整理整頓、時間や約束を守る…の、やらねばならないことはやりたくなくても我慢してやるという「自律心」を養うことです。
 また他人への接し方や配慮については、多くの場合、ホテルやレストランでの店員さんへの接し方、学校や塾や学童の先生への接し方など、親の「他人への接し方」の丁寧さや乱暴さがそのまま子どもに大きく影響します。「子どもは親の背を見て育つ」と言われますが、幼少期に親を見て学んだことは、大人になっても子どもの中に染みついているものです。
   そんな子どもの人間性を高める子育ての最大の障害が、幼少期の親による溺愛です。我が子かわいさにしつけが後回しになってしまうことです。小さい頃のしつけの悪さはそれほど気にならなくても、思春期を迎え中学生になる頃には相当目立つようになります。しかしそこから直そうとしてもなかなか直るものではありません。また自分の子どもは多少しつけがなっていなくてもかわいいのかもしれませんが、他人から見ればしつけがしっかりできているからこそ魅力的であり貴重な人材として認めてもらえるのです。

 自律心が欠けていたり、他人への接し方が失礼だったりすれば、社会に出てから苦労するのは子ども本人です。そのことを確認して「しつけ」シリーズの1回目を終了いたします。                                                                つづく

11:45 | 投票する | 投票数(82)
2022/06/17

今一度「学校安全」について考える(監督から)

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 今一度「学校安全」について考える 監督 齊藤 秀樹

    平成13年6月8日(金)午前10時過ぎごろ、犯人は開いていた学校の東門前に自動車を止め、出刃包丁と文化包丁の入った緑のビニール袋を持って学校の敷地内に入った。一階の教室に次々に侵入し、子どもたちを出刃包丁で切りつけ突き刺し、子ども8名が死亡し、子ども13名、教員2名の計15名が負傷した。これが20数年前に起こった大阪教育大学付属池田小学校事件である。「まさか。小学校に侵入し、子どもを無差別に刺し殺すなんて。あり得ない。」当時の世間はあまりの衝撃に騒然となったものです。
 この事件は学校の安全神話を一瞬のうちに崩壊させ、学校安全の在り方に多くの課題と教訓を残した事件でした。今回はこの事件の教訓を今一度検証し、学校の基本的な安全対策について書いていきたいと思います。

  池田小学校は、国立大学の付属校という特性から、遠方から通学している子どももあり、保護者は自動車で来校することも多く、東門は常に開いていました。犯人は裁判の公判の中で、「もし門が閉まっていたら入らなかったかもしれない。」という趣旨のことを言っていましたが、門が開いていたばかりに尊い8名の命が失われたといっても過言ではないかもしれません。各学校では、常に日中は正門・裏門を全て閉めています。また自動車は事前に駐車券を申請するという形を取っている学校もあります。これに対して、「面倒だ。不親切だ。」と感じる方もいるでしょう。しかしこの対応は、子どもの安全を第一に考えた安心・安全な学校づくりのためであることを、今一度ご理解いただきたいと思います。
 
    この事件では門から入って少しした所で、教員が犯人とすれ違っていました。しかし声をかけることなく犯人は校内に入ってきてしまいました。当時の学校は来校者に声をかけると、疑っているようで失礼なのではないかという風潮がありました。しかしあの時に教員が一言「こんにちは。」「どちら様ですか。」「何かご用なら承りますが。」と声をかけていたら、この学校は外部の人にはガードが固い学校だと感じ、犯行を躊躇したかもしれません。私の学校では極力来校者には挨拶や声かけをするよう努めてきました。また保護者には必ず「入校証」をつけてもらい、授業参観や保護者会の会議以外は職員玄関からインターホンで職員室に連絡し、職員に用件を伝えてから校舎に入るようにお願いしています。用件を聞くことや声かけをすることは決して失礼なことではなく、安全に配慮している証拠であることをご理解ください

    最後に子どもたちの被害を拡大させた最大の教訓は、学校に緊急時の連絡体制が整っていなかったということです。犯人が2年南組に侵入した時刻はちょうど2時間目が終わり、休み時間になったばかりの時で、この教室には担任は不在でした。次に隣の2年西組に入った時はまだ授業中で、担任は侵入に気づき教卓上の電話機を取ろうとしたものの、犯人を刺激すると思って受話器を置き、警察に通報するため事務室へ向かってしまいました。この事件は教員が誰もいない2つの教室の中で、子どもたちに避難誘導もないまま、次々と幼い子どもが犠牲になってしまったのです。更に2階、3階にいた教員はこの10分の間、誰も異変に気づいていなかったと言います。ここで問題なのは、不審者が侵入してきた時の担任の対応と連絡方法、全校体制での避難誘導の仕方、そして日常の避難訓練等の安全対策の在り方です。

  この事件以降、全国各地の学校では「不審者侵入時の対応マニュアル」が整備され、定期的な訓練が実施されるようになりました。私のいた学校でも、不審者が侵入してきたらまず担任が笛を鳴らし、周囲の学級に非常事態を知らせると同時に子どもを守り避難誘導させる。そして同学年の担任が職員室へ不審者の侵入をインターホンで伝える。校内放送で全校に不審者侵入を知らせ、教職員は決められた役割分担にしたがって、侵入した学級へ急行する職員と児童の避難誘導に当たる職員に分かれ対応する。…。というマニュアルを作成し、定期的に訓練を実施していました。

 よく勘違いされるのですが、「開かれた学校づくり」とは、学校の透明性を高めるために、教育理念や教育方針を常に明確に示し、学校での様々な子どもの活動を参観やホームページ、学校だより等で公開し、理解と支援を得ようというものであって、いつでも誰でも自由に学校に入れるよう門や玄関を開いておくというものではないことを再確認してほしいと思います。

08:00 | 投票する | 投票数(109)
2022/06/09

子育て講座⑦(監督から)

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 子育て講座⑦ 最終回 監督 齊藤 秀樹
【思春期~青年期での親の在り方】
 先週は思春期の子どもの扱いや育て方で保護者の方が一番悩むのは、なかなか素直に言うことを聞かない、反抗的な言動が出てくることだと書きました。しかし発達心理学からすると「思春期に子どもが親に反抗するのはある意味当然であり、反抗しない方が心配である。」と考えます。したがって「うちの子には反抗期がない」ことを誇らしげに自慢する必要はないし、それがよい親子関係だとは必ずしも言えません。
 この時期にしっかり親離れしないと子どもはいつまでも独り立ちできないし、親も子離れできなくなってしまいます。
 
 この時期の子どもは「自分とは何者か」という“自分探しの旅”を始めます。自分はどんなものが得意でどんなものが苦手なのか。どんな個性や能力を持っているのか。今どんな生活を送り、どんな人たちとつき合いがあるのか等を手がかりに自分自身を理解します。そして自分が今まで生きてきた人生を振り返り、ときに否定し、自己を再構築していきます。その自立のためのエネルギーが、今まで何でも言うことを聞いていた親への「不服従や反抗」という形で現れるのです。

 ではこの反抗期に親からの自立や子離れがうまくいかないと、その後どんな影響が出てくるのかについて考えていきたいと思います。
 まずエネルギーが家庭の外に向けて発散されるケースとして「非行や犯罪などの反社会的行為」となって現れることがあります。親との葛藤があるにも関わらず、その不満が親に直接向くのではなく、社会に向けられ非行、犯罪という形で現れる場合です。
 2つ目は、とても悲惨な結果として起こりうる「家庭内暴力や親殺し」というケースです。本当は一人前の人間として認めてもらいたいのに、上手く関わってもらえない(相手にしてもらえない)。そのやり場のないネガティブな思いが、親に暴力的に向けられてしまいます。子どもは親を傷つけたり殺したりすることで親を乗り越え、自己を確立しようとする場合もあります。
 3つ目は、親との関係の不満が子ども自身の内側にたまるというケースです。そのよい例が「引きこもり」です。家から何ヶ月も何年も外に出ないで家の中にいる。そして家にずっといながら、インターネットなどのメディアとのみ外部とつながる。食事は親から与えてもらうが、生活や趣味には干渉されない生活を送るという場合です。
 これは、親が自分を独立させてくれない結果として現れる現象の一つです。外とのつき合いを持てずに、親のなすがままに育てられ大きくなった弊害といえるでしょう。

  もう一つつけ加えると、現在は自立して大人になるまでの時間(青年期)が非常に長くなっているように感じます。18才で成人になることは変わりませんが、例えば就職、結婚、子育て、持ち家は一昔前に比べて確実に遅くなっています。「自分探し」がなかなか終わらずに長い年月を費やす若者が増えています。「パラサイト・シングル」と揶揄されるように、いつまでも独身でニートやフリーターを続けながら親に「寄生」している若者は現在も少なくありません。
    更に、皆さんは1992年のTBSで放映された「ずっとあなたが好きだった」というドラマを知っていますか。主人公の佐野史郎扮する中年の「冬彦さん」は、いつも従順に母親の言うことを聞きます。この母親は息子の結婚生活に干渉し、妻よりも率先して愛情表現をし、独立して家庭を持った息子の生活に平気で割り込んでいく。当時は多くの視聴者から「気持ち悪い」「異常な関係だ」と騒がれたほどの親子関係でした。
 
   「いつまでも あると思うな 親と金」といわれるように、子育ての最終目標は子どもの「自立」です。特に思春期から青年期にかけては、子どもにやたらとべたべたしない方がよいし、事細かに親の考えを押しつけて、子どもの主張を抑え込み、親の前で「よい子」を演じさせてはいけません。これは非常に危険であり、ふとしたきっかけて思いもよらない行動に発展しかねない可能性を持っています。
 
    さて、私がこのシリーズを通して一環して重視してきたのは「子どもとの適度な距離感を持つ」ことの大切さです。そして子どもにはそれぞれの発達段階に応じた関わり方があり、子どもは自分の子だけではない自覚を持って育てること。その上で親自身も成長・発達し続けなければならないということです。今回を持ってこのシリーズを終了します。 長期にわたるご愛読ありがとうございました。  完


17:40 | 投票する | 投票数(135)
2022/06/03

子育て講座⑥(監督から)

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 子育て講座⑥  監督 齊藤 秀樹
【思春期~青年期(小学校高学年~)】
    この時期になると子どもは親との付き合い方をかなり転換させるようになります。一緒に外出することを避けるようになったり、友人には話せても親には話せない秘密を持ったりします。また今まで絶対だった親に対してその生き方や考え方、更に毎日の生活の在り方に疑問を持つようになり、親が自分にいちいち指図してくるのがうっとうしくなってきます。では今回もまずはこの思春期の特徴から書いていきます。

 「思春期」というのは、個人差が非常に大きいものです。小学校4年生ぐらいから始まることもあるし、中学2年生ぐらいからの子もいます。 
   思春期というのは、その出発点は“肉体の変化”です。胸がふくらんできたとか、生理が始まったとか、ヒゲが生えてきたとか、夢精をしたとか…こういう現象が思春期の入り口です。実はこの肉体の変化が「心」に多きな動揺や変化をもたらすのが思春期なのです
 
 思春期というのは、人生の嵐の時代ともいえる時期で、精神的なブレが激しい時期です。この時期を別名「第2反抗期」とか「半熟期」とも呼んでいます。
 思春期の特徴は、あまり大人が干渉しすぎると、「私はそんなに子どもじゃない。放っといてくれ。」と言うし、じゃあ「任せるよ」と放っておくと、「助けてよ。私はまだそんなに大人じゃないのよ。」と甘えてきたりします。また、朝は「パパ大好き」だったのが、夕方には「うるせー、おやじ!」にコロッと変わったりします。家にいても、学校いても、何がそんなにおかしいのかと思うくらい、キャッ、キャッ、キャッ、キャッと大騒ぎし、箸が落ちても笑い転げていた子が、夜になるとムスッとして部屋にこもり、どうしたのかと聞くと、「この世で、私ほど不幸な子はいない」なんて言ったりします。
 このような両極端な態度の変化が、「思春期の子は扱いが難しい」といわれる所以なのでしょう。

 また、典型的なこととして、人間関係が縦社会から横社会に変わるようになります。小学校の中学年くらいまでは、先生がこう言っていたとか、お母さんがああ言ったというように、先生や親は絶対でした。ところが思春期に入ると大人よりも友だちを大事にしだします。「あの子とはつきあってはいけません」とか「もっとよい友達を作りなさい」なんていうと、「お母さん、友だちの悪口だけは絶対に言わないで」と言うようになります。 

   思春期の子どもの扱いや育て方で保護者の方が一番困るのは、なかなか素直に言うことを聞かない、反抗的な言動です。これは一言で言えば“精一杯の大人への背伸び”です。「もうぼくは子どもじゃないんだから、いちいち言われなくてもわかっている。放っておいてくれ。」すなわち、「一人前の人間として認めてくれ」という親からの分離、自立への第一歩です。ですから今までよりも少し多く「承認」(子どもを一人前の人間として、受け入れ認めてあげること)してあげることが大切です。しかしだからといって、子どもの言うことを全て受け入れ、子どもの言いなりになってはいけません。思春期の子どもは、親に反抗すれば叱られることは百も承知です。わかっていてわざとやっているのです。自分の主張がどこまで通じるのかを試しているのです。だから、ダメなこと、認められないこと、譲れないことに関しては、断固「拒否」することは大切な教育です。この「承認」と「拒否」を上手く使い分けることが、思春期の子の扱いで最も大切なポイントとなります。この時期の子どもの扱いについては、詳しく書き出すと長くなりますので、思春期という発達段階の特徴はここまでで終了いたします。次週はこの時期の親の在り方について考え、このシリーズの最終号と致します。

 今回のシリーズを書くにあたり、参照、引用した文献は以下の通りです。
・「生涯発達心理学」 エリクソン      ・「親の発達心理学」 柏木恵子
・「親になれない親たち」 斎藤嘉孝 他


08:05 | 投票する | 投票数(154)
2022/05/27

子育て講座⑤(監督から)

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  子育て講座⑤  監督 齊藤 秀樹
【学童期】
《小学校入学~思春期前》
 学校は勉強するところです。したがって、この時期は“学ぶことがうれしい時期”と言えるでしょう。「できた」「わかった」「うまくなった」という『有能感』を持たせることが大切です。学校から帰ってきて「お母さん、かけ算の九九が三の段まで言えたよ」と子どもが喜んで報告しているのに、「なんだ、○○ちゃんなんて八の段まで言えるそうよ」などど、劣等感を植え付けるような子育てをしてはいけません。他の子に比べて、多い少ない、早い遅いは個性であって、大切なのは子どものやる気を引き出し、認めて励まし、自信と有能感をいかに伸ばすかということです。

 その一つの方法としてお薦めしたいのが、「博士」「名人」「天才」にしてしまうという方法です。昆虫が好きなら「昆虫博士」、鉄道が好きなら「鉄道博士」、「花博士」「星座博士」…「自転車名人」「なわとび名人」「遊びの天才」…。これだけは自信がある、これだけは人に負けない、というものが1つでもあれば、必ず将来、他の分野にも広がっていきます。まあ親としては、「鉄道のことはいいからもっと計算を…」とか「体育はいいから、もう少し国語に関心を…」と割り切れないでしょうが、好きなことをいっぱいさせて、それをどう伸ばすかという気持ちに切り替えられるかがポイントになります。

 次に友人の作り方ですが、小学校の低学年と高学年とではずいぶん違います。低学年では、家が近所だからとか、お母さん同士が仲が良いからとか、席が隣になったからというように、非常に「変動的」です。班が変わり、席替えをしたとたんに親友が変わってしまうということが起こります。ところが高学年になると、友人関係の変動も少なくなり、性格が合うからとか、共通の趣味を持っているからというように「固定的」になってきます。
 よく保護者の方から、低学年では「ついこの間まで仲良かった子と遊ばなくなってしまった」とか、高学年では「最近、友人関係が固定的になってきて心配です」という相談がありますが、これは発達段階に応じた正常な成長をしている証拠です。

    さてこの時期の親は「子どもの成長に関わっているのは自分だけではない」ということを知ることが大切です。教師や友人という存在が今まで以上に大きな役割を果たし、子どもたちはそれらの人間関係の中で「社会性」や「協調性」、そして「社会のルール」を学んでいきます。確かに基本は親子関係であり、これが安定していないと外でも安定した生活を送れない可能性は高いのですが、自分だけが子どもを育て、守ってあげられる唯一絶対の存在であるわけではありません。

 子どもは様々な顔を持っています。家の中での顔、学校での顔、習い事での顔、友人と遊んでいるときの顔…。即ち「親の前でいい子」や「親から見ていい子」という評価基準だけでは子どもの実態や変容を正確に理解できないということです。最近とても気になるのが、子どもの外での人間関係に口をはさむ親が増えてきたことです。たしかに子ども同士の人間関係の問題やトラブルを親同士で話し合ったり、学校の先生を含めて問題解決することは時には必要なことでしょうが、ささいなことで日常的に子どもの交友関係に口をはさみ、親の視点で「この子だけがよければいい」という解決の仕方は、子どもの成長にとって決してプラスにはならないのではないかと思います。
 この時期は、「自分以外の他者」を含めた様々な人々と関わり、「子どもは自分の子どもだけではない」ことを理解して、適切な距離感を持った子育てが大切だと思います。
                                                             つづく

07:21 | 投票する | 投票数(181)
2022/05/20

子育て講座④(監督から)

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  子育て講座④  監督 齊藤 秀樹
【育児期】
《3~5才》続き 
 「やってごらん」が大切なのは、1つに『失敗の体験』をさせる必要があるからです。失敗の体験を持っているかいないかは、後々の成長に大きな違いとして出てきます。この時期の子どもは、失敗しても「恥ずかしい」とか「かっこ悪い」とは思いません。そういう自意識が出てくる前に、失敗の体験を一杯させることが大切です。

 もう一つのポイントは、集団遊びが始まるこの時期に、いじめられたり、泣かされたりという人間関係の失敗体験をたくさん積んでおくことです。親としては心配でしかたないかもしれませんが、この失敗体験が、将来たくましく、自分の興味あることに意欲的に頑張っていける子を育てます。

 子育ての中で、この時期が一番「過保護」「過干渉」がいけない時期だと思います。親が何でも先回りしてやってはいけないのです。小さいケガはした方がいいのです。この時期の子どもの身体は、ケガをあまりしないようにできています。転んでも骨折なんかしないで上手くこける(ころぶ)ことができます。それなのに、ヘルメットに肘、膝のサポーターという万全の格好で、スケートボードをやっている姿をよく見ますが、あんなことはしなくていいと思います。

 小さなケガの積み重ねが大きなケガを防ぎます。この「母子分離」「第一反抗期」に過保護と過干渉で育てられると、ひ弱で、自分に自信のない子が育ちます
 やりたいことが沢山あって、それをどんどん実行に移すことを通して、成功の体験も失敗の体験も豊かに持っている子が、人生をたくましく生き抜く人間に育ちます

《この時期の問題点》
 さてこの時期は、実際に子どもを持ち育児している点で今までとは明確に違います。出産という一大事を乗り越えた自信を基に、子どもを持った責任感や我が子を守り育てる自覚が出てきます。この時期に最も大切なことは、とにかく子どもに愛情を注ぐことです。子育ては全てが楽しい経験ばかりではないかもしれませんが、愛情を持って接し、この世に生まれてきたことへの喜びを子どもに伝え続けることです。

   悲しいことに、最近またあちこちで児童虐待のニュースを耳にしますが、実は児童虐待を受ける子どもの約半数がこの乳幼児時期に集中し、さらに虐待で死亡する7割以上が0~3才児だというデータが出ています。ではなぜ時期に虐待が多いのでしょうか。私は「親が子どもとの距離感をつかんでいない」からではないかと思っています。
    例えば、子どもに暴力を振るったり暴言を吐いたりするのは、我が子を自分の所有物のように扱ってしまっていることに一因があります。自分の子どもだから何をしてもよい。自分の思うようにならないので腹が立つ。何をしたって何を言ったって、家の子のことを外部からとやかくいわれる筋合いはない。そう考えてしまうようです。子どもは第一反抗期になると、親の思うようにならなくなります。自己主張もするし、言うことを聞かなくもなります。この経験を通して子どもというのは個性を持った一人の人間であることを親は自然と体で感じていくはずです
   また保育園や幼稚園に通うようになれば、他の家の子どもたちの様子も見聞きするようになります。体格や行儀の違い、体力や作品の出来の違いなどに気づきます。子どもは家族以外の外の世界で友人を作るようになり、先生達とも関わるようになります。これを子どもの発達のために望ましいと思って見守れるのが親としての健全な発達です。そして「我が子は他人と関わりながら豊かに成長していく」ことを実感するのです。
 
 しかし児童虐待をする親はそういう適切な距離の置き方ができな人が多いです。子どもの自己主張を「生意気だ」と感じ、ついカッとなって、声を荒げ、手を挙げてしまう。どうしても思い通りにいかないと今度は何も面倒を見ず、放置しだす。本来は愛情を注ぎ、世の中のことをしっかり教えてあげなければならない親の責任を放棄してしまう。
 このように子どもとの距離感の取り方が、近すぎたり遠すぎたりする親が虐待や理不尽な要求を繰り返す親になってしまうのではないかと思います。         つづく   
                         次週は「学童期」に入ります

08:20 | 投票する | 投票数(196)
2022/05/12

子育て講座③(監督から)

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 子育て講座③  監督 齊藤 秀樹
【育児期】
 この育児期は子どもが生まれてから小学校に入学する前までの乳幼児期を指しますが、親の在り方や問題点を語る前に、この時期は子どもの発達段階が深く関わるため、まずはそれぞれの発達段階を3つに区分して、その特徴と子育てのポイントを書いていきたいと思います。

《0才~1才半》
 このころの子どもは100%受け身です。お腹が減ったらオギャアと泣き、おしめが汚れたらオギャアと泣いて、「何でもしてちょうだい」「何もできないんだから」…という時期です。この時期に、大人から心が安まるような優しい育てられ方をした子は、周りの大人は「よいもの」「安心できるもの」「信頼できるもの」という意識が染みつき、“安定根”ができます。
 一般に「子どもを過保護にしてはいけない」と言いますが、あれは違います。乳児期の子育ては過保護の方がいいのです。ちょっとでも不快な気持ちを取り除いてやり、快い気持ちをたくさん味わった方がいいのです。
 ウンチでおしめがベタベタになっているのに、放ったらかしにしていたり、「やかましい。泣くな。」等と言われて育つと、周りの人が自分にとって嫌なもの、安心できないもの、信頼できないものになり、安定した根っこが育ちません。
 実はこの“安定根”があるかないかで、思春期に入って様々な問題行動や不安定な状態に陥ってしまっても、その立ち直り方が全く違うようです。

《1才半~3才》
    この時期の子育てを一言で言うと「ほめて手をたたいて育てなさい」と言えるでしょう。自分で自分の身体を使い、上手くコントロールすることを通して、自主性や自立性を身につけます。
 生まれて初めて、立ったり、歩いたり、物をつかんだりすることができるようになります。更に自分でご飯が食べられるようになり、パンツがはけるようになり、トイレでウンチやおしっこができるようにもなります。また食事の後に、「食べたものを台所に運んでね」と言えば、後片付けもできます。

 「ほめて手をたたいて育てなさい」というのは、はじめてできた喜びを自信に変えてあげる時期だということです。この時期に、「○○してはダメ」「余計なことはするな」と言って、子どもの自信をつぶすような子育てが、子どもを自分では何もできないダメな子にするのです。

《3才~5才》
   この時期の特長は、「母子分離」「第一反抗期」です。この時期の子どもは「はい」よりも「いや」という返事の方が多いものです。親の言うことに「はい」よりも「いや」が増えてくるのが正常な発達です。
 幼稚園や保育園の子どもは、非常に活動的で、興味、関心、意欲がモコモコと出てきます。親が何かをしてあげようとすると、「いや」「自分でやる」と言います。親のしてあげることを素直に受け止める子の方がいい子だと思っていると、まだ幼児期前期の発達の扱いになります。「自分でする」(「ぶんで」「ぶんで」)と言ったときには、まず「やってごらん」です。
 
 よく親子で「虫取り」や「つり」をしている姿を見かけますが、必死になって捕まえたり、釣ったりしているのは親の方で、子どもはその応援をしたり、手伝いをしたりしていることが多いようです。子どもにはまず「やってごらん」と言って、自ら木の上に登らせなければいけません。金八先生ではありませんが、「親」という字は、“「木」の上に「立」って、「見」ている”と書きます。親が必死にセミ取りをして、それを子どもが見守っていたのではあべこべです。                          つづく

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2022/05/06

子育て講座②(監督から)

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  子育て講座②  監督 齊藤 秀樹
【妊娠期】 
 それでは続けます。この時期はまだ子どもがいないにもかかわらず、親にとって非常に大きな意味がある。これら生まれる子どもに対して肯定的になるか、否定的になるか、この時期の在り方がのちのち大きく関係してくる。「自分は今本当に子どもがほしいのか」「子どもを持つことで今後の人生にどんな影響があるのか」そうしたことをこの時期に自分の中で整理できているかが、その後の家庭での子どもへの接し方や態度に表れてしまうからである。

《父親考》 
 さてこの時期の父親も、母親と同じく親になることへの喜びと期待を持つ。しかし、自分の体が直接変化していく母親とは違い、かなりの個人差があることが指摘されている。父親になることに喜びややりがいを感じ肯定的にとらえる人もいれば、反対に重荷に感じたり、親になることに無自覚な人も少なくない。
 この時期の父親は、母親のサポート役として人間的に大きく成長する可能性がある。体の変わりゆく母親の精神的な支えになったり、気持ちを共有して夫婦の絆を深めたりすることができる。しかし一方で「何かしてあげたいという気持ちはあるが、知識や経験が不足しているため、何もできない」という男性もいる。そして何もできない自分に対して、しだいに無力感を覚えていく。 
   また、父母ともこの時期は次の新しい家族形態への準備を行う。つまり家族が増え二人きりの生活ができなくなることへの準備である。ここでも父親と母親には違う心情が生まれる。この時の父親は生まれてくる子どもと母親の関係が密接であろうことに疎外感を感じてしまう可能性を持っている。
 この妻を支えきれない「無力感」とこれから迎える母子関係への「疎外感」はネガティブな感情として、後の子育てに影響してしまうことになる。

    その一番の原因は、先週書いた原体験(自分の子ども時代)にある。今の日本の親たち世代は、父親が子育てにほとんど関与しなかった時代に幼少期を過ごした人が多い。時は高度成長期からバブル経済真っ直中、父親は家庭生活をほとんどかえりみず、毎日遅く帰宅し、休日もよく出勤した。例え家にいても父親の権威は十分に発揮されていなかった家庭が多いのではないだろうか。したがって自分が父親から受けた原体験がないまま、親になってしまい、子どもの成長には父親的な役割(父性)が必要だと思っても、その示し方がよくわからない。そして父親に頼らず子育てを一手に引き受けてきた母親を見てきた女性にとっても、父性とどう付き合い、それを家庭の中でどう生かしていくのかが経験の中で蓄積されていないのではないだろうか。
 
 最後に、せっかくの機会なので父親の役割について書いてみたい。一昔前の父親は怖くて威厳のある存在であった。子どもが何か曲がったことをすれば、父親から毅然とした態度で叱られた。時にはげんこつが飛んでくることもあった。人の道に背くことをしたとき、人様に迷惑をかけたときは、強く叱られたものだった。
 また父親は大事な決定のキーパーソンでもあった。就職や進学、あるいは結婚などの人生の選択において、父親に納得してもらうのが子どもにとっては一つの難関だった。それだけ父親は常に毅然とした態度で是非を決める存在(家庭内での役割)だった。
 現在はどうだろう。たまにしか関わらない子どもに対し異様に機嫌を取ったり、母親からの学校への不満をまともに受け、原因や事実もしっかり把握しないまま、いきなり担任に怒鳴り込んできたりする父親さえ出現するようになった。母親との話し合いがうまくいかないときは、父親に来てもらうことで、大概のことは解決し、よりよい方向へ向かったのは、今は昔の話になってしまった気がする。次回は「育児期」に入ります。

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