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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2021/03/03new

「しつけ」について考える①(監督から)

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  今年度も残すところ後一ヶ月となりました。世界中がコロナウイルスの感染拡大に翻弄され、その対策、対応のために思うような教育活動ができない大変の一年となってしましました。そんな中ですが、週に一回、屋外の広い陸上競技場を貸し切りにして何とか活動を継続することができました。皆様のご支援ご協力に感謝申し上げます。
           
  「しつけ」について考える①   監督 齊藤 秀樹

【「しつけ」とは】
  『しつけ』という言葉は、辞書によると「礼儀・作法を仕込むこと」(新明解国語辞典)また、「子どもが所属するそれぞれの集団にとって望ましい基本的な行動様式、習慣、価値、態度を教えならすこと」(学校カウンセリング辞典)とあります。
  「心の教育」の充実や重要性が叫ばれて久しですが、「悪いことは悪いとしっかり教える。世の中には、人としてしてはいけないことがあることを理解させる。…。」という『しつけ』という問題について今週から数回に分けて考えてみたいと思います。

【外側からのしつけ】  
  ペットを家で飼う場合、飼い主は部屋の一角に砂や新聞紙を入れた箱を置き、そこで用便ができるように「しつけ」ます。きちんとできたら餌などのご褒美を与え、できないと叱ったり、時には叩いたりしてできるまで練習させます。ペットをしつけるには、このような方法が最も効果的で、手っ取り早くしつけることができるそうです。  このように『しつけ』には、いやでも何でも無理矢理やらせることによって「慣らしてしまう」(できるようにさせてしまう)という方法があり、これを「外側からのしつけ」と言います。 
  教師も保護者もそうですが、「この子を何とかしたい」「このままではまずい」という気持ちが強ければ強いほど、手段を選ばずにできるだけ短期間でよりよい成果を求めたくなります。例えば、家庭学習の一覧表を貼りだし、そこにシールを貼って背比べ競争をさせるとか、約束が守れなければ、グラウンドを走らせたり、残り掃除を命じるとか、百点を取ったら小遣いをあげる…の方法です。 
  このように競争をさせたり、罰を与えたり、報酬を与えたりすることによって、できるようにしていくというやり方は、前述のペットを慣らすのと同じで、時にとても効果的なしつけ法です。 
  しかしこの方法には、実は大きな欠点があります。子どもは罰がいやで(報酬がほしくて)やっているわけですから、たとえ一時期その人の前ではできるようになっても、別の場所や違う人、環境によって、すぐに元に戻ってしまうことが多いようです。

【内側からのしつけ】 
    人間の子どもを育てるというのは、ペットをしつけることとは違うのではないかと思います。そこで「内側からのしつけ」をお薦めします。「内側からのしつけ」というのは、簡単に言えば「自分自身の判断基準で、自分からやろうとすること」です。このしつけ法には、次の3つのステップがあります。

①「理解」…何でそれをするのか。なぜしなければならないのかがわかっていること。
②「方法」…それをどうやればよいのかを知り、やり方を身につけること。
③「意欲」…自分からいつも進んでやろうとすること。
 

  例えば「食事の前には必ず手を洗う」ということをしつけたいなら、まずは①衛生面、健康面、マナー等から、その必要性を子どもが納得いくまでわからせます。次に②子どもを水道の前に連れて行き、石けんを使って何度も繰り返し洗わせ、正しい手の洗い方を身につけさせます。③後は、その子が自分からやる気になればよいのです。
  こう書くと実に簡単そうですが、これはけっこう根気がいる仕事です。「どうしてやらなければいけないの」(理解)と「どうやればいいの」(方法)はどちらかというと解決しやすいのですが、一番やっかいなのは「やる気がしない」「面倒だからやらない」(意欲)という問題です。どうしてやらなければならないのかはわかっているし、やり方も知っている、だけどやらない?…。「ふざけるな!」と怒ってみても仕方ありません。  「子どものやる気を引き出す方法」というのは、詳しく書くと長くなりますので、別の機会に回します。要は山本五十六の名言“やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は育たず”ではありませんが、信じて、認めて、ほめて、励ます」ことを繰り返し、長い目で子どもを見守ることが大切です。                             つづく

09:05 | 投票する | 投票数(21)
2021/02/24

ジェンダーについて考える(監督から)

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 ジェンダーについて考える
~「男の子」と「女の子」の育て方~     監督 齊藤 秀樹

  現在オリンピック組織委員会の代表による「ジェンダー」(性差別)発言から、世間が大混乱をおこし、連日マスコミが大々的に取り上げています。また、私自身が「家庭教育学級」や「教職員研修会」に行くと、よく保護者や先生方から「男の子と女の子の違いと、その育て方について教えてほしい」という課題をいただきます。そこで今回はこのことについて考えていきたいと思います。

 まず最初に「性」(男女)という言葉には、2つの側面があるということを理解する必要があります。
    1つ目は「生物的・肉体的な性別」、2つ目は「社会的な性役割」の2つです。人間は生まれ持っている自分の性(生物的・肉体的な性)を土台に、社会の中で一定の役割やそれに相応しい行動を取るよう周りから期待され、それを自分の個性や特性として身につけて(社会的な性役割)いきます。

  さてここに、数年前に行われた小学校5年生を対象とした「子どもの性意識」という調査結果があります。この調査によると「男なんだから~」「女なんだから~」と言われた経験は、女の子の場合「女なんだからきちんとしなさい」が6割、「女なんだから行儀よくしなさい」が5割、男の子の場合は「男なんだから女の子に負けてはいけない」が7割、「男なんだから泣いてはいけない」が6割いたそうです。このように多くの親は「男の子には男らしく、女の子には女らしく育てたい」と考えていることがわかります。この結果、当然子どもは無意識のうちに親の期待に応えようとします。この調査の中に「自分の良い所はどこですか」という問いがありますが、男の子は「元気な所、たくましい所、頭がよい所」をあげる子が多く、女の子は「おとなしい所、かわいい所、おしゃれな所」をあげていることからも明らかです。

  実はこのことは、学校生活の中でも様々な活動に影響を及ぼしています。例えばクラス内の係活動では「保健係」と「飼育係」の2つは圧倒的に女の子がやることが多く、やはり昔からの伝統的な女性の役割とされている“奉仕と世話”を好むという特徴があります。一方男子は、よくやる活動として「授業中は積極的に手を挙げて発言する」「休み時間は元気に外で遊ぶ」等が女子の割合より高く、男の子には“積極性や活発さ、リーダーシップ”が求められていることがわかります。
  このように子どもたちが抱く「男女観」あるいは「性役割」というものは、大人が築いてきた社会や意識というものが、如実に反映されていると言ってよいでしょう。

 さて日本には古くから「男子厨房に入らず」「男は船で女は港」「男は仕事で女は家庭」等の言葉が残っています。しかしこれらは、親が育てられてきた経験や風習によっていつの間にか創り上げられてきた意識であり、これからの未来をたくましく生き抜いていく今の子どもたちのそれとは別に考えた方がよいのではないかと思います。女性の社会進出が進み、共稼ぎが普通になってきた現在、互いに仕事や趣味や持ちながら、共にパートナーを組んで生活していく時代がもう既に来ていると思います。
    前述のように、肉体的な性別は不変ですが、社会的な性役割は、時代や社会の変化に応じて変化し進化していくべきではないかと思っています。                             

  要するに何を言いたいかというと、「男だから~をしてはいけない。」「女のくせに~するな。」という大人たちが勝手に決めた価値基準によって“その子の持っている個性や能力や可能性というものが制限されてはならない”ということです。面倒見のよい保健係の男の子がいていいし、女の子が運動会の応援団長をやってもいいはずです。

 「女の子を女の子らしく育てたい」というのはよいことだと思います。しかし「女のくせに~してはいけない」とか「女なんだからこうあらねばならない」という言葉を使って、無意識のうちに子どもの活動を制限してはいけないと思います。子どもが本当の意味で「自分の性」に誇りを持ち、一人ひとりが持っている個性や特性を活かして、堂々と自分らしく生きていける、そんな社会が来てほしいなと心から願っています。

08:19 | 投票する | 投票数(66)
2021/02/17

世界一のバッター「イチロー」について(監督から)

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    立春を過ぎ少しずつ春の気配を感じられる季節になりました。さて今回は以前にも紹介したことがある、日本が誇る世界一のバッター「イチロー選手」について今一度書いてみたいと思います。彼を新人時代から追い続け、その考え方や人物像について多くの著書を残している鹿屋体育大学の児玉教授の「イチロー思考」という著書内容を中心に、彼の成功の秘訣について考えてみたいと思います。

  世界一のバッター「イチロー」について    監督 齊藤 秀樹
 今回は彼の持っている2つの力を中心に書いていきたいと思います。
【持続力】
    よくイチローを天才だという人がいますが、イチロー本人は「自分は天才ではないし、天才なんて言われたくない。」と言います。彼は小学校5年生の時から父親に連れられてバッティングセンターに毎日通い、46才で引退するまで血のにじむような努力を積み重ねてきました。本人曰く「自分はバットを振るのは好きではないが、振り続けていないとヒットが打てなくなるので、現役時代は毎日振り続けていた」そうです。そもそも天才というのは“努力しないですごいことができる人”のことで、イチローは長年誰よりもたくさんバットを振り続けてきた「努力の人」ということになります。彼を見ていると「質より量を稼ぐこと(たくさんやること)が大切」だということ。「努力は裏切らない」ということ。そして何より「一番うまい人が一番努力したら誰もかなわない」ということがよくわかります。

【モチベーション(やる気)】
   1つのことに熱中するためには「モチベーション」(活力・やる気)を高め、維持し続けることが大切だと言われています。一般的にモチベーションを高めるためには「外発的動機」と「内発的動機」の2つがあると言われています。

 「外発的動機」というのは、①「金銭報酬」(その結果に見合っただけの金銭がもらえること)、②「地位」(実力や結果に見合った地位や役職がもらえること)、③「責任」(役立つ存在として頼られ、責任ある仕事を与えられること)等が考えられます。

 それに対して「内発的動機」というのは、簡単にいうと「自己実現を図る」ことで、目標に向かって努力し、それを達成させる喜びのことです。イチローのモチベーションの根底は、何といってもこの「自己実現」へのこだわりです。常に完璧なバッターになりたいという思いから、彼は常に最高の自分を追い求めてきました。9年連続200本安打という大リーグ記録を塗り替え、通算最多安打数の世界記録(ギネス記録)を更新した後でも、「もっと上手くなりたい」と日々思っていたそうです。

     ある研究によると、「モチベーション」と「目標設定」の間には相関関係があるそうで、簡単に達成できる低い目標や絶対に達成できそうもない高い目標を設定してしまうと、モチベーションは極端に落ちてしまいます。一番いいのは、もう少しがんばれば達成できそうな目標(60%達成可能)の時が、一番モチベーションが高くなるそうです。

 しかしイチローの場合は、達成可能な目標ではなく、遙かに届きそうもない高い目標設定することで、究極の自分を創り上げようとしています。私たち一般人にはなかなかできないことですが、“一流になるということは、高い遠くの目標を持ち続けること”なのかもしれません。

 さて、我が子を将来一流のアスリートや芸術家にしたいと考えている方は多いのではないでしょうか。「努力の大切さ」「自己実現へのこだわり」「目標を持つこと」等のイチローの生き方や考え方は大切なヒントを与えてくれています。


09:13 | 投票する | 投票数(100)
2021/02/10

子育て講座③(監督から)

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 さて現在「子育て講座」というテーマで、子どもの発達段階に応じた子育ての在り方について書いていますが、実際は多くの親たちはしっかりした子育てをしているし、現在、SAAという陸上クラブが親の対応に苦慮しているわけでもありません。この記事を通して、今一度自身の子育てを振り返ったり、家族みんなで考えるきっかけになっていただけたら幸いです。では「子育て講座」シリーズを続け、今週でまとめます。

  子育て講座③        監督 齊藤 秀樹

【学童期】
《小学校入学~思春期前》
  学校は勉強するところです。したがって、この時期は“学ぶことがうれしい時期”と言えるでしょう。「できた」「わかった」「うまくなった」という『有能感』を持たせることが何よりも大切です。学校から帰ってきて「お母さん、かけ算の九九が三の段まで言えたよ」と子どもが喜んで報告しているのに、「なんだ、○○ちゃんなんて八の段まで言えるそうよ」などど、劣等感を植え付けるような子育てをしてはいけません。他の子に比べて、多い少ない、早い遅いは個性であって、大切なのは子どものやる気を引き出し、認めて励まし、自信と有能感をいかに伸ばすかということです。

  その一つの方法としてお薦めしたいのが、「博士」「名人」「天才」にしてしまうという方法です。昆虫が好きなら「昆虫博士」、鉄道が好きなら「鉄道博士」、「花博士」「星座博士」…「自転車名人」「なわとび名人」「遊びの天才」…。これだけは自信がある、これだけは人に負けない、というものが1つでもあれば、必ず将来、他の分野にも広がっていきます。まあ親としては、「鉄道のことはいいからもっと計算を…」とか「体育はいいから、もう少し国語に関心を…」と割り切れないでしょうが、好きなことをいっぱいさせて、それをどう伸ばすかという気持ちに切り替えられるかがポイントになります。

  次に友人の作り方ですが、小学校の低学年と高学年とではずいぶん違います。低学年では、家が近所だからとか、お母さん同士が仲が良いからとか、席が隣になったからというように、非常に「変動的」です。班が変わり、席替えをしたとたんに親友が変わってしまうということが起こります。ところが高学年になると、友人関係の変動も少なくなり、性格が合うからとか、共通の趣味を持っているからというように「固定的」になってきます。
 よく保護者の方から、低学年では「ついこの間まで仲良かった子と遊ばなくなってしまった」とか、高学年では「最近、友人関係が固定的になってきて心配です」という相談がありますが、これは発達段階に応じた正常な成長をしている証拠です。

    さてこの時期の親は「子どもの成長に関わっているのは自分だけではない」ということを知ることが大切です。教師や友人という存在が今まで以上に大きな役割を果たし、子どもたちはそれらの人間関係の中で「社会性」や「協調性」、そして「社会のルール」を学んでいきます。確かに基本は親子関係であり、家庭教育ではあり、これが安定していないと外でも安定した生活を送れないのは事実ですが、自分だけが子どもを育て、守ってあげられる唯一絶対の存在であるわけではありません

  子どもは様々な顔を持っています。家の中での顔、学校での顔、習い事での顔、友人と遊んでいるときの顔…。即ち「親の前でいい子」や「親から見ていい子」という評価基準だけでは子どもの実態や変容を正確に理解できないということです。最近とても気になるのが、子どもの外での人間関係に口をはさむ親が増えてきたことです。たしかに子ども同士の人間関係の問題やトラブルを親同士で話し合ったり、学校の先生を含めて問題解決することは時には必要なことでしょうが、ささいなことで日常的に子どもの交友関係に口をはさみ、親の視点で「この子だけがよければいい」という解決の仕方は、子どもの成長にとって決してプラスにはならないのではないかと思います。

  この時期は、「自分以外の他者」を含めた様々な人々と関わり、「子どもは自分の子どもだけではない」ことを理解して、適切な距離感を持った子育てが大切だと思います

 ここから先の発達段階に応じた子どもの特徴と育て方については、12月17日号と12月23日号(思春期の育て方①②)を読み返してみて下さい。
                                   完
 

13:12 | 投票する | 投票数(117)
2021/02/03

子育て講座②(監督から)

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 子育て講座②        監督 齊藤 秀樹
《3才~5才》
    この時期の特長は、「母子分離」「第一反抗期」です。この時期の子どもは「はい」よりも「いや」という返事の方が多いものです。親の言うことに「はい」よりも「いや」が増えてくるのが正常な発達です。
  幼稚園や保育園の子どもは、非常に活動的で、興味、関心、意欲がモコモコと出てきます。親が何かをしてあげようとすると、「いや」「自分でやる」と言います。親のしてあげることを素直に受け止める子の方がいい子だと思っていると、まだ幼児期前期の発達の扱いになります。「自分でする」(「ぶんで」「ぶんで」)と言ったときには、まず「やってごらん」です。
 
  よく親子で「虫取り」や「つり」をしている姿を見かけますが、必死になって捕まえたり、釣ったりしているのは親の方で、子どもはその応援をしたり、手伝いをしたりしていることが多いようです。子どもにはまず「やってごらん」と言って、自ら木の上に登らせなければいけません。「親」という字は、“「木」の上に「立」って、「見」ている”と書きます。親が必死にセミ取りをして、それを子どもが見守っていたのではあべこべです。

 「やってごらん」が大切なのは、1つに『失敗の体験』をさせる必要があるからです。失敗の体験を持っているかいないかは、後々の成長に大きな違いとして出てきます。この時期の子どもは、失敗しても「恥ずかしい」とか「かっこ悪い」とは思いません。そういう自意識が出てくる前に、失敗の体験を一杯させることが大切です。

  もう一つのポイントは、集団遊びが始まるこの時期に、意地悪されたり、泣かされたりという人間関係の失敗体験をたくさん積んでおくことです。親としては心配でしかたないかもしれませんが、この失敗体験が、将来たくましく、自分の興味あることに意欲的に頑張っていける子を育てます。

  子育ての中で、この時期が一番「過保護」「過干渉」がいけない時期だと思います。親が何でも先回りしてやってはいけないのです。小さいケガはした方がいいのです。この時期の子どもの身体は、ケガをあまりしないようにできています。転んでも骨折なんかしないで上手くこける(ころぶ)ことができます。それなのに、ヘルメットに肘、膝のサポーターという万全の格好で、スケートボードをやっている姿をよく見かけますが、あんなことはしなくていいと思います。

  小さなケガの積み重ねが大きなケガを防ぎます。この「母子分離」「第一反抗期」に過保護と過干渉で育てられると、ひ弱で、自分に自信のない子が育ちます
  やりたいことが沢山あって、それをどんどん実行に移すことを通して、成功の体験も失敗の体験も豊かに持っている子が、人生をたくましく生き抜く人間に育ちます。


08:41 | 投票する | 投票数(141)
2021/01/27

子育て講座①(監督から)

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  子育て講座①       監督 齊藤 秀樹
  まず今回の「子育て講座」のタイトルについて、保護者の中には「子どもを教育するのはわかりますが、親にも教育が必要なのでしょうか。」という疑問を持つ方がいるかもしれません。しかし、「子育て」は「己育て」(自己)、「教育」は「共育」、「育児」は「育自」(自分)という言葉がある通り、子どもを育てるとか教えるというのは、子どもを成長させることはもちろんですが、むしろ教えている大人自身が学び成長することが大切だと思っています。例えば、子どもが親を信頼するということは、親が子どもに信頼されるだけの力を身につけることだと思うからです

  さて前回、SAAに参加している子ども達(小学校4年生~中学生)の発達年齢としての特徴とその扱い方(育て方)のポイントを紹介しました。すると数多くの保護者の方々から反響があり、「とても役に立つ情報で助かります。」「ホームページに更新される【監督から】の記事を毎週楽しみにしています。」等の嬉しいご意見・感想をいただきました。そこで今回は現在の「思春期」(前回記事)に入る前の特徴や子育てのポイントについて紹介していきたいと思います。私が2回の教育委員会勤務の中で、子どもの非行や不登校、いじめ、引きこもり等の問題行動について、多くの保護者の方と面談や相談をしていた当時、つくづく感じたのは、今現在起こっている子どもの現状は、実は過去(今まで)の子育てに起因することが多いなということです。そこでまずはじめに、生まれてから成人するまでのそれぞれの時期(発達段階)に身につけておかねばならない(乗り越えておかねばならない)力について順を追って書いていきます。
 
【育児期】
  この育児期は子どもが生まれてから小学校に入学する前までの乳幼児期を指しますが、親の在り方や問題点を語る前に、この時期は子どもの発達段階が深く関わるため、まずはそれぞれの発達段階を3つに区分して、その特徴と子育てのポイントを書いていきたいと思います。

《0才~1才半》
  このころの子どもは100%受け身です。お腹が減ったらオギャアと泣き、おしめが汚れたらオギャアと泣いて、「何でもしてちょうだい」「何もできないんだから」…という時期です。この時期に、大人から心が安まるような優しい育てられ方をした子は、周りの大人は「よいもの」「安心できるもの」「信頼できるもの」という意識が染みつき、“安定根”ができます。
  一般に「子どもを過保護にしてはいけない」と言いますが、あれは違います。乳児期の子育ては過保護の方がいいのです。ちょっとでも不快な気持ちを取り除いてやり、快い気持ちをたくさん味わった方がいいのです。
  ウンチでおしめがベタベタになっているのに、放ったらかしにしていたり、「やかましい。泣くな。」等と言われて育つと、周りの人が自分にとって嫌なもの、安心できないもの、信頼できないものになり、安定した根っこが育ちません。
  実はこの“安定根”があるかないかで、思春期に入って様々な問題行動や不安定な状態に陥ってしまっても、その立ち直り方が全く違うようです

《1才半~3才》
    この時期の子育てを一言で言うと「ほめて手をたたいて育てなさい」と言えるでしょう。子どもは自分で自分の身体を使い、上手くコントロールすることを通して、自主性や自立性を身につけます
  生まれて初めて、立ったり、歩いたり、物をつかんだりすることができるようになります。更に自分でご飯が食べられるようになり、パンツがはけるようになり、トイレでウンチやおしっこができるようにもなります。また食事の後に、「食べたものを台所に運んでね」と言えば、後片付けもできます。

 「ほめて手をたたいて育てなさい」というのは、はじめてできた喜びを自信に変えてあげる時期だということです。この時期に、「○○してはダメ」「余計なことはするな」と言って、子どもの自信をつぶすような子育てが、子どもを自分では何もできないダメな子にするのです。                                             つづく


09:03 | 投票する | 投票数(157)
2021/01/20

子どもは社会を映す鏡(監督から)

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 子どもは社会を映す鏡    監督 齊藤 秀樹

   『星の王子様』という本の冒頭に、「大人は誰でも、はじめは子どもだった。」という有名な言葉があります。しかし、このことを忘れずにいる大人というのは、とても少ない気がします。

  最近よく大人たちが、「今の教育は…」とか「今の学校は…、今の子どもたちは…。」という話題を口にしているのを聞きます。「今の子は昔と違って…。俺の子どもの頃には…から始まって、最後は必ずお決まりの、今の教育はなっとらん。」になります。このように、眉をひそめて、もっともらしい教育論を展開し、「今の子はしょうがない。昔の方がずっとよかった。」的な発言を聞いていると、「ちよっと待てよ。おかしくないか。」という気がしてきます。

  今の子どもたちは、大人が作った世界の中に生きているわけで、子どもの世界というものが大人の世界とは別に存在するわけではありません。「すぐにいじけて、我慢ができず、他人のことを考えない、わがままな子どもたち。」こんな子どもたちを作ったのは、大人の責任であって、子どもが自分から勝手にそうなった訳ではないと思います。
  それなのに、大人の世界が子どもの世界とは「別のもの」という錯覚を起こしてしまうのは何故なのか。それは、大人があまりに子どものことを知らなすぎる(無関心すぎる)からだと思います。別の言い方をするなら、大人は大人、子どもは子どもで生活し、その距離が離れすぎていると言えるかもしれません。

  大人は大人の望む自分本位の生活環境に社会を変えてきました。自家用車の急増により路地裏の遊び場は安全ではなくなり、家の周りの空き地にはたくさんの家が建ってしまいました。兄弟も減り、おじいちゃんおばあちゃんとも暮らさなくなり、ペット飼う自由さえ奪われてしまいました。更に様々な生活便利品や魅力的なスマホ・ゲームが、子どもたちを室内に吸い寄せ、体を動かす機会を奪ってしまいました。
 このように本来あるべき「子どもらしい生活」が、大人の作った生活に巻き込まれてしまったことで、まだ発育途中の未熟な子どもたちが最もその影響を受けることになったのです。そのことが今まで予想もつかなかった「心と体のゆがみ」(例:転んでも手が出ないのですぐに顔や歯をぶつける。他人とコミュニケーションがとれず集団生活ができない。…。)を生むことになってしまったのではないでしょうか。

  現在、社会問題になっている青少年の凶悪化した犯罪(少年非行)も、実は過去に何回かの波がありました。
    昭和20年代は「生活型の非行」と言われ、戦後の混乱の中で、親がいない、お金がない子どもたちが、生きるために(食いつないでいくために)あちこちで、窃盗や売春行為を繰り返していました。
  昭和30年代後半は「反抗型非行」と言われ、急激な都市化、工業化が進んだために、環境の変化に適応できない「反社会的行為」(暴行、傷害、シンナーなど)が急増しました。
  昭和50年代後半は「遊び型非行」と言われ、豊かな社会の中で、価値観が多様化し、普通の家庭の子が遊び感覚でバイクを乗り回し、集団で暴れ回っていました。
 そして平成~令和に入った近年は、経済が混迷する中、行き先不透明な社会の中で、何をめざしてどう生きていけばよいのかがわからずに、訳もなく凶悪化、粗暴化した「生き方探しの戸惑い非行」(?)が多発しています。

 これらは全て、その時々の社会の変化が子どもの世界に大きな影響を与えていることを物語っています。「子どもは社会を映す鏡」です。子どもたちが投げかけている問題は、私たち大人たちが歩んできた道への反省であり、同時に「これからの社会がどう進んでいけばいいのか」という新たな課題を提示してくれているのかもしれません。


08:46 | 投票する | 投票数(156)
2021/01/13

「友だち」とは(監督から)

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 「友だち」とは      監督 齊藤 秀樹
  
  マザーテレサは「人間にとって最も不幸なことは、貧しいことでも、病気になることでも、お腹を空かせて死ぬことでもない。誰からも相手にされないこと。みんなから捨てられ寂しい思いをすることだ。」と言っています。

    先日ある教え子のお母さんから、子どもが学校でいじめを受けて困っているという相談を受けました。何でも他の子には言わないと約束したことを、ついうっかりしゃべってしまって、それ以降仲の良かった友人たちから無視され、仲間はずれになっているというのです。食事ものどを通らず、毎朝「学校に行きたくない」と大泣きする毎日で、とても困っているという話でした。原因を作ったのは確かに本人ですが、もうやってしまったことなので今更悔やんでも仕方ありません。
  しかし端から聞いていると、そんなに嫌で、そんな友人たちなら、こちらから相手にせず、グループを抜けて、新しい友達を作ればいいと思うのですが、本人はどうしてもそういう気にはなれないらしいのです。つまり、子どもにとって友だちというのはかくも大切なものであって、それがたとえ自分に対して被害を及ぼしてこようとも、友だち関係を失ってしまうことはそれ以上に耐え難いことなのでしょう。

  そういえば、昔読んだある本の中に「日本人の子ども観」という章があり、その中に“七つ前は神のうち”という言葉がありました。私たち日本人は“子どもは純粋で汚れ無き存在”という考えの基、「子どものやったことだから」という一言で、たいていのことは大目に見て許してしまっているところがあるのではないかと思います。
 しかし実はこういう「性善説的な子ども観」の中に大きな落とし穴が潜んでいることが多いものです。私は昔から子どもが大好きで、かれこれ35年以上も教員という仕事を続けながら、休日もたくさんの子どもたちを集めてSAAという陸上クラブを主催していますが、そんな私から見ても、子どもというのは、決して純真で汚れなき存在ではなく、けっこう平気で残酷なことを言ったりしたりするものです。
                                                          
  先日ある高齢者の方(Aさん)から貴重な体験談を伺う機会がありました。Aさんが中学校に通っていた終戦後間もない時代の話です。誰もが一様に貧乏だった世の中で、友人の一人にいわゆる良い家のお坊ちゃんがいて、その子はいつも弁当にサンドウィッチを持ってきていたそうです。Aさんはそれがうらやましくてしかたなかったそうですが、ある日そんな息子の願いをいつも聞いていた母親が、イチゴジャム(粒のないのりみたいなもの)のついたサンドウィッチを持たせてくれたことがあるそうです。その日の昼食時、その友人がAさんのサンドウィッチを見て「俺のと交換しよう。」と言ってきたので一切れ取りかえたのですが、なんとその友人は「なんだジャムか。」と言って、一口も食べずにゴミ箱に捨ててしまったそうです。Aさんがもらったサンドウィッチにはコンビーフのような肉がぎっしり詰まっていたそうです。この時代にこんなものを食べられる人がいるのかと強烈なショックを受けたそうです。 

    考えてみると友だちというのは実に残酷なことを言ったりしたりするものです。親が子どもに知らせないよう努力してきた「人生の真実」(Aさんの場合は「貧富の差」)を一瞬のうちに壊し明らかにしてしまいます。

  学校という所は、別々の個性を持った子どもたちが一カ所に集まり、集団生活の中で多くの時間や空間を過ごす場所です。ですから、そこでは度々弱肉強食の争いが起こります。うちの子は集団生活が苦手だからという理由で、毎日家の中に閉じ込めて、親の庇護のもと温室で育てておくわけにはいかないのですから、集団での様々な活動の中で、人との関わり方を学び、子ども自身がたくましく心豊かに成長していくしかありません。その支援者として大切な体験を提供し、時に人生を教えてくれるのが友だちという存在です
 
 そういう意味で、友だちとは極めて大切な成長への援助者だと言えるかもしれません。

10:30 | 投票する | 投票数(184)
2021/01/07

1~3月の重要性(監督から)

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  あけましておめでとうございます(日本語)・Happy New Year(英語)・Bonne Annee(フランス語)Buon anno(イタリア語)・Frohes neues Jahr(ドイツ語)・新年快楽(中国語)…。 
  本年もSAAをよろしくお願いいたします。今年も、恒例のこの記事で2021年をスタートしたいと思います。
           
   1~3月の重要性     監督 齊藤 秀樹
【1年のまとめ】 
    1~3月は3学期(2期制の学校は後期後半)は今の学年最後の学期であり、1年のまとめの学期でもあります。1・2学期でやり残したことや、できなかったこと、わからなかった内容はないかもう一度振り返ってみて、全ての面で総点検をし、3学期中にしっかり身につけておきましょう。
  物事には「段階・順番」というものがあります。2年生のかけ算九九ができなければ、その後に出てくる分数や小数のかけ算はできないし、高学年で出会う通分や約分もできません。また、水に浮けない子は決して泳げないし、自分のことも自分でできない子が、他人のために何かをやってあげられる「思いやりのある子」には決してなれません。
  このように今やっておかなければならないことをそのままにしておくと、必ずその「つけ」が後々の自分を苦しめることになります。簡単な例えを出して説明すると、4年生で習得すべき学習内容が「10」だとすると、4年生で「8」しか身につかなかった子は、次年度の5年生では10+2=「12」の内容を理解し、身につけなければならないことになります。更に、小学校時代に身につけるべき習得内容を「100」として、6年生終了の段階で「70」までしかできていなければ、中学校では「130」の内容を身につけるために大変な努力をしなければなりません。こういうことが繰り返されていくと、いざ自分の進路選択をするときになって、「あの時しっかりやっておけばよかった。」と後悔しても取り返しがつかないことになってしまいます。
 どうぞまとめの学期である3学期(後期)のうちに、やり残し、持ち越しがないようがんばりましょう。

【1年の始まり】
    ○年生という学年はそのままですが、3学期は令和3年(2021年)の初めでもあります。日本は古くから「1年の計は元旦にあり」と言われてきました。年の初めは誰しもが「今年こそは…」という目標を持つはずです。「始めよければ全てよし」「千里の道も一歩より」「はじめのボタンを掛け違えると、最後のボタンははまらない」等のことわざがあるように、年の初めに「最初の一歩」を大切にしたいものです。
  以前にも何度か書きましたが、ノーベル賞受賞者の数学者である広中平祐氏は「人は目標を持つか持たないかで、その後の結果に大きな違いが出る。」と言っています。新年に当たり、まずは今年の目標をしっかり持って、できるだけ早く「最初の1歩」を踏み出しましょう。

【次学年への心の準備】
   「1月は行く。2月は逃げる。3月は去る。」と言われるとおり、3学期は1年で一番短い学期です。あと少しで、1年生は2年生に。4年生は高学年(5年生)に。5年生は最高学年(6年生)に。そして、6年生は中学生になります。
  実はこの進級・進学時に、上手く環境やシステムに適応できずに不登校になってしまう子が結構多いのです。特に6年生は「中一ギャップ」と言って、中学1年生になると小学校6年生の約3倍の子が不登校になってしまうそうです。次学年になってから適応していければいいのですが、今のうちから1年生と2年生の違い、低学年と中学年の違い、中学年と高学年の違い、そして小学校と中学校の違いを知り、その準備をしておことはとても大切なことです。
  そういう意味で、3学期は「次学年への心の準備」でもあることを自覚して生活してほしいと思います。

  2021年の最初の練習日に、このような話を子どもたちにしたいと思います。「今までと同じではない」という新たな気持ちで、1月をスタートしてほしいと願っています。

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2020/12/23

「思春期」の育て方②(監督から)

Tweet ThisSend to Facebook | by:スタッフ
「思春期」の育て方②    監督 齊藤 秀樹  

【思春期~青年期での親の在り方】
  先週は思春期の子どもの扱いや育て方で保護者の方が一番悩むのは、なかなか素直に言うことを聞かない、反抗的な言動が出てくることだと書きました。しかし発達心理学からすると「思春期に子どもが親に反抗するのはある意味当然であり、反抗しない方が心配である。」と考えます。したがって「うちの子には反抗期がない」ことを誇らしげに自慢する必要はないし、それがよい親子関係だとは必ずしも言えません。
  この時期にしっかり親離れしないと子どもはいつまでも独り立ちできないし、親も子離れできなくなってしまいます。
 
  この時期の子どもは「自分とは何者か」という“自分探しの旅”を始めます。自分はどんなものが得意でどんなものが苦手なのか。どんな個性や能力を持っているのか。今どんな生活を送り、どんな人たちとつき合いがあるのか等を手がかりに自分自身を理解していきます。そして自分が今まで生きてきた人生を振り返り、時に否定し、自己を再構築していきます。その自立のためのエネルギーが、今まで何でも言うことを聞いていた親への「不服従や反抗」という形で現れるのです。

  ではこの反抗期に親からの自立や子離れがうまくいかないと、その後どんな影響が出てくるのかについて考えていきたいと思います。

  まず1つ目は、エネルギーが家庭の外に向けて発散されるケースとして「非行や犯罪などの反社会的行為」となって現れることがあります。親との葛藤があるにも関わらず、その不満が親に直接向くのではなく、社会や世間に向けられ非行、犯罪という形で現れる場合です。

  2つ目は、とても悲惨な結果として起こりうる「家庭内暴力や親殺し」というケースです。本当は一人前の人間として認めてもらいたいのに、上手く関わってもらえない(相手にしてもらえない)。そのやり場のないネガティブな思いが、親に暴力的に向けられてしまいます。子どもは親を傷つけたり殺したりすることで親を乗り越え、自己を確立しようとする場合もあります。

  3つ目は、親との関係の不満が子ども自身の内側にたまるというケースです。そのよい例が「引きこもり」です。家から何ヶ月も何年も外に出ないで家の中にいる。そして家にずっといながら、インターネットなどのメディアとのみ外部とつながる。食事は親から与えてもらうが、生活や趣味には干渉させない生活を送るという場合です。
  これは、親が自分を独立させてくれない結果として現れる現象の一つです。外とのつき合いを持てずに、親のなすがままに育てられ大きくなった弊害といえるでしょう。

    もう一つつけ加えると、現在は自立して大人になるまでの時間(青年期)が非常に長くなっているように感じます。20才(18才)で成人になることは変わりませんが、例えば就職、結婚、子育て、持ち家は一昔前に比べて確実に遅くなっています。「自分探し」がなかなか終わらずに長い年月を費やす若者が増えています。「パラサイト・シングル」と揶揄されるように、いつまでも独身でニートやフリーターを続けながら親に「寄生」している若者は現在も少なくありません。

    更に、皆さんは1992年のTBSで放映された「ずっとあなたが好きだった」というドラマを知っていますか。主人公の佐野史郎扮する中年の「冬彦さん」は、いつも従順に母親の言うことを聞きます。この母親は息子の結婚生活に干渉し、妻よりも率先して愛情表現をし、独立して家庭を持った息子の生活に平気で割り込んでいく。当時は多くの視聴者から「気持ち悪い」「異常な関係だ」と騒がれたほどの親子関係でした。
 
   「いつまでも あると思うな 親と金」といわれるように、子育ての最終目標は子どもの「自立」です。特に思春期から青年期にかけては、子どもにやたらとべたべたしない方がよいし、事細かに親の考えを押しつけて、子どもの主張を抑え込み、親の前で「よい子」を演じさせてはいけません。これは非常に危険であり、ふとしたきっかけて思いもよらない行動に発展しかねない可能性を持っています。思春期以降の子育てで一番大切なことは、発達段階や年齢に応じて「子どもとの適切な距離感を持つ」ことだということを覚えておいてください。


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