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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2025/08/29new

「付き合う」から「楽しむ」へ(監督から)

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「付き合う」から「楽しむ」へ   監督 齊藤 秀樹

 夏休みは家族揃ってゆっくり過ごせましたか。帰省して祖父母と再会した子、家族旅行で温泉に行き、美しい自然を満喫してきた子、遊園地やテーマパークでたっぷり遊んできた子、アウトレットやショッピングモールのバーゲンに付き合わされた子…。子どもたちが楽しそうに話す夏休みの思い出は、各家庭様々だったようです。

 さて『星の王子様』という本の冒頭に「大人は、誰も、昔は子どもだった」という有名な言葉があります。しかし、このことを忘れずにいる大人は、とても少ない気がします。教育や子育ての話をする大人たちは必ず「今の教育は…。今の学校は…。今の子どもたちは…」という話題から入り、最後には「今の子は昔と違って…、俺の子どもの頃にはもっと…、全くなっとらん。」ともっともらしい教育論を展開します。
 
   しかしよく考えると、今の子どもたちは、大人がつくった社会の中で生きているわけで、子どもの社会というものが、大人の社会とは別に存在するわけではないのです。今の子が「すぐにあきらめて、がまんができず、他人のことを考えない、わがままな子どもたち。」だとしたら、こんな子どもたちを作ったのは、大人の責任であって、子どもたちが勝手にいつの間にかそうなった訳ではないと思います。
 それなのに、なぜ大人の世界が子どもの世界と「別のもの」という錯覚を起こしてしまうのでしょう。それは大人があまりにも子どもの世界を知らなすぎる(無関心すぎる)からだと思います。別の言い方をすると「大人は大人、子どもは子どもで生活し、その距離が離れすぎている」と言えるかもしれません。

    皆さんは、子どもが見ているテレビや漫画、好きなゲームや今流行っている遊びをどれくらい知っていますか。夜8時までは子どもの時間、それ以降は大人の時間と分けている家庭、チャンネル争いがわずらわしいから複数の部屋にテレビを置いて、別々に見ている家庭…、親子が同じ部屋で1つのテレビをワイワイ言いながら見ているのと、別々の部屋で黙って見ているのとでは、どちらが明るく温かい家庭なのでしょうか。
 学校でも「最近の先生方は子どもたちと一緒に遊ばなくなった」と言われます。確かに先生も、部活の朝練をし、一日6時間の授業を教え、忙しく事務仕事をこなした上で、休み時間に子どもと外で遊ぶのは重労働です。しかし考え方を少し変えて「子どもと遊んであげる」ではなくて「(自分も)子どもと楽しむ」という発想を持つとよいと思います。同じように、子どものやることをバカバカしいと大人の目で見てしまわずに、子どもの世界まで降りていって一緒になって楽しんでしまえばよいのです。
 子どもたちの中には「お父さんは休みの日になるといつも大好きなミニ四駆で、一緒に競争して遊ぼうと言うんだよ。」「家のお母さんは、私が買ってきた漫画をいつも楽しみにして一緒に読んでいるんだよ。」という子がいます。なんて素敵な両親なのでしょう。

    私は教師という仕事に就いてから今まで「子どもからの視点を忘れない」という信念を持ってやってきました。「自分が子どもだったら、こんなことをしてほしいな。」「こんなことをされたら嫌だろうな。」という視点です。子どもは一緒に遊んでくれる先生が大好きです。だから私は校長時代、毎日休み時間には外に出て子どもたちと遊んでいました。「いつもお忙しいのに…。いい年をしてケガでもしたら…ご苦労様です。」と心配してくれる人もいましたが、私は何も付き合いやサービスでやっているわけではありません。子どもと遊ぶのが好きだから、楽しいからやっていただけです。

  さて、保護者の皆さんの夏休み中のがんばりを否定するつもりは全くありませんが、今多くの保護者が子どもたちのために朝から晩まで必死で働き、お金を稼ぐことで、子どもに好きなものを買い与え、遊園地や旅行に連れて行き、おいしい店で外食をするという、誰かが考えたこの「理想的な家族像」をめざして、日々無理に無理を重ね疲れ切っているような気がしてなりません。
 私は年数回の贅沢よりも、日々の子どもとの関わりや触れ合いを大切にし、子どもの前では決して夫婦ケンカや悪口、陰口を言わない。いつも家族の笑顔が絶えないようなやさしく温かな毎日にこそ、本当の「幸せ」はあると思っています。

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