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          齊藤 秀樹  監督

 
 

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2025/10/17new

「成績」について考える(監督から)

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 「成績」について考える     監督 齊藤 秀樹

 各学校では前期が終了し、修了式の後「通知表」が配られられたことと思います。そこで今回はお馴染みのこの記事を紹介したいと思います、

 皆さんは、俗に「天才」と呼ばれている偉人たちの、子ども時代の学業成績を集めた「天才の通信簿」(プラウゼ著)という本をご存じでしょうか。この本を読むと「いったい学校時代の成績って何だったんだろう?」と考えさせられます。カントやヘーゲルといった人たちは、学校(子ども)時代から“神童”と呼ばれ天才の名をほしいままにしてきた人ですが、反対に学校時代は“落ちこぼれ”と言われ心配されていた人が、いつしか天才に化けたという例もたくさんあります。

   プラウゼによれば、エジソン、リンカーン、ノーベル、ルソーなどはその典型だそうです。その理由としては大きく2つが考えられます。1つ目は、あまりにスケールが大きすぎて、学校という規格に当てはまらず、教師もその才能を見抜けなかったこと。2つ目は、これらの人に共通することですが、自分の好きなこと(興味あること)にしか関心を示さず、得意・不得意があまりにもはっきりしすぎていたため、多くの学校が目指す「知・徳・体」のバランスのとれた優等生にはなれなかったことです。どちらにしても、日本にも「二十歳過ぎればただの人」ということわざがあるとおり、学生時代の成績が必ずしも将来とは関連しないというよい例だと思います。

    こういうことを書くと必ず「監督、それは違うんじゃないですか。今の時代は…」という反論が必ず起こります。こういう人たちは、おそらくみんな共通して“学歴”(良い成績を取ることがその子の優秀さの証であり、上級学校への進学を可能にする)という重みが、他の要素や可能性、これからの変容や成長というものを圧倒して、大きく意識の中にあるのでしょう。そして、あたかも成績の善し悪しがその子の“格付け”になり、良い成績を取れば未来は開かれるが、悪ければ全てが閉ざされてしまうがごとく考えてしまっているのかもしれません。

  さて、先日学校から渡された通知表ですが、ここに記載されている「A」「B」「C」は、そのままその子の人間としての実体や価値ではありませんし、もちろん格付けでもありません。教科の方は、前期の間(4月~9月)にどれだけの学習内容が目標に到達したかを示しています(到達度評価)。一昔前の評価は相対評価といって、クラスの中での位置(上中下)を示していましたが、現在の評価は、先生が決めた基準(例えば、90%以上がA、60%以上がB、それ以下がCというように)がどこまで到達したか(理解できたか。身についたか。)を評価しますので、学習の定着度はわかりますが、クラス内での位置や順位を図るものではありません。
 また、行動面の評価はこの到達度評価に加えて個人内評価も加味されていますので、他人と比べてではなく、その子個人としての長所や成長、努力した項目に「○」がついています。

 さて今回、私が各家庭にお願いしたいのは、苦手な算数の思考力を叱るより、得意な体育のボールゲームでの活躍を認めてあげてほしい、うるさくて調子に乗りやすい性格を叱らずに、常に明るく前向きな面を褒めてほしいということです。子どもは日々変わり成長していくものですから、一番大切なのは「過去」ではなく「未来」です。どうぞ、せっかくの楽しい後期の前に、子どもがやる気をなくし自信喪失状態になるようなことは、言いたくても腹の中でぐっとこらえ、「よくがんばった。後期もまた新しいことに挑戦してがんばろう。」という温かい励ましをお願いします。 
 どうぞ、家族水入らずで充実した実りの秋をお過ごしください。           完


07:04 | 投票する | 投票数(19)
2025/10/10

「厳しさ」と「やさしさ」(監督から)

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 「厳しさ」と「やさしさ」  監督 齊藤 秀樹

 私はよく先生方に、星の王子様の冒頭文にある“大人は、誰も、昔は子どもだった”を引用して、子どもを教育するときは、「自分が子どもだったら…」という“子どもから見た目(視点)を忘れない”ことが大切なポイントだよ。という話をします。
 そこで、今回は私が教師という職業をめざす原点となった小学校時代に出会った2人の先生と教師になってから出会った1人のプロ教師について書いてみたいと思います。 
 
    私が1年生の時の担任の先生はA先生という55才くらいの女性ベテラン教師でした。優しさの中に厳しさもある大好きな先生でした。冬のある日、その日は大雪の降るとても寒い日でした。私はジャンバーの上にビニールのコートを着て学校へ行きました。帰りの会が終わり、みんなで昇降口まで行って帰り支度をはじめました。私は寒さで手がかじかんで上手くビニールコートのホックがはまらず困っていました。そこで先生に「先生ホックはめて。」と甘えた声で頼みました。すると先生は「ヒデキ君、あなたは自分で出来ます。」と一言言って、他の子の面倒を見に行ってしまいました。私はその一言が悲しく、泣きながらホックをはめて走って帰りました。このことがあってから私は先生が嫌いになりました。なんて不親切で冷たい先生なんだろうと思いました。しかしその時以来、私はあまり人を頼らなくなり、自分のことは自分でやるようになりました。今思うと、実は先生ほど私を理解してくれていた人はいなかったのかもしれません。「君には出来ます。」の一言で私は泣きながらも自分でホックをはめられたのです。先生はきっと私を、人に助けを求めず自分の力で解決できる自立した子に育てたかったのでしょう。
 “厳しさは決して不親切ではない”と思います。小学校1年生で出会ったA先生には、どんなにやさしくしてくれた先生より今は感謝しています。

 私が小学校4年生の時の話です。暴れん坊で悪ガキだった私は、休み時間になると決まって教室の後ろで友だちとプロレスごっこをして遊んでいました。その日はいつになくだんだんエスカレートしてきて、跳び蹴りのまねをした時、ベランダに出る後ろのガラスドアを割ってしまいました。「ガチャーン」というものすごい音を立ててガラスが割れ、教室の中が大騒ぎになりました。その音を廊下で聞きつけた担任のI先生(30歳代の男性教師)が、血相を変えてすごい勢いで教室に駆け込んできました。私はまずい怒られると思い、心の中で(コラー、何をしているんだ。またお前か。だからいつも…。)と怒鳴られ叱られる準備をして、体を硬く丸め下を向いていました。ところが先生の第一声は「ヒデキ。大丈夫か。ケガはないか。よかった。」でした。私は何が何だか訳がわからずにボーッと先生の顔を見ていましたが、知らぬ間に涙があふれオンオンと泣いてしまいました。悪戯したことや、物を壊したことなんかより、子どものケガを心配し、一人ひとりをいつも大切にしてくれる、I先生はいつもそんなやさしい先生でした。

 私が教員になって2年目にすばらしい学級経営をすると評判の2年生の学年主任の先生の授業を、若手教師数名で見せてもらっていた時の話です。確か算数の授業だったと思いますが、実に分かりやすい説明で、子どもたちも学ぶ意欲にあふれたすばらしい授業でした。授業が始まって20分くらいたったころでしょうか、先生が突然「みんな姿勢を正して、目をつむりなさい。」と言いました。私は何が始まるのだろうとじっと先生の様子を見ていましたが、先生はみんながしっかり目をつむって静かになったのをみると、一人の女の子の所へ行き、その子をそっと抱き上げて私の方に歩いてきました。そして「気づかれないように雑巾でふいておいてください。」とだけ言い残し、教室を出て行きました。私は言われたとおりに雑巾を持ってその子の席に行くと、何とおしっこを漏らしてしまっていたのです。全く気づきませんでしたがそっと拭き取りました。クラスの子は先生に言われたとおりじっと目をつむっています。しばらくして先生はその子と教室に戻ってきて、前と同じように授業が始まりました。数人の子が不思議そうな顔をしていましたが、誰一人としてお漏らしには気づかなかったようです。私はまるで魔法でも見ているような気がしてあっけにとられていました。同時に子どもの心を傷つけないよう細心の気配りをして、子どもたち一人ひとりを大切に育てている先生の姿に感動したのを覚えています。

 教育(子育て)とは、いかに子どもを理解し、大切にできるか、そして子どものためにどこまで関われるかを追求していく営みであると思います。


07:24 | 投票する | 投票数(47)
2025/10/03

「個性」について考える(監督から)

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「個性」について考える  監督 齊藤 秀樹
  
    ある生徒指導の専門書に「いじめられやすい子の4つのタイプ」というのがありましたので紹介します。①目立ちたがり屋で自己主張の強い子、②おとなしく消極的で目立たない子、③勉強が苦手な子。運動が苦手な子。行動が遅い子等、④何でも良くできて優秀な子。リーダー性のある子だそうです。もう皆さんも感じていると思いますが、これを見ると「いじめの本質」がとてもよくわかります。それは、この4つのタイプにクラスの子を当てはめようとすれば「全員が当てはまる」ということです。即ち、いじめの被害は、今や「いつでも、どこでも、誰にでも起こりうる」ということです。

 辞書によると『個性』とは「他の誰とも違う、その人特有の性質、個人差」とあります。私が古くからつきあっているアメリカ人の友人は、「私は小さい時からよく親に、『人と違う人になりなさい』とか『人に惑わされないで、しっかり自分というものを持ちなさい』と教わってきたよ。」と言います。このように欧米人にとっては当たり前のように教育されている「個性」(他人とは違う自分)というものが、どうも日本人にはうまく育てられないような気がしています。
 
    日本の家庭の中で「他人と違う人になれ」ということを重視して子育てをしている親がどのくらいいるでしょうか。おそらく多くの家庭は「皆と同じように」とか「皆と違わないように」と願っているはずです。日本人というのは昔から「他人との違いを認めることを嫌がる」傾向がある国民だと思っています。まぁこれは同じ島国で生まれ、同じ肌の色、同じ髪の色、そして同じ言葉を使って長い間生活してきたのですから、「同じ」ことが普通であって、「違う」ことは普通ではないのでしょう。言い方を変えれば「同じ」であることが一番安心で居心地がいいのかもしれません。

 しかしこのことが、「隣の子が塾へ行けば、家の子も行かせなきゃ。」と焦りだし、「小学5年生のお小遣いは、いくらくらいが普通でしょうか。」と平均を気にし、「家の子は他の子と比べてどうでしょう。」と心配する、“どの子も皆同じ意識”に通じています。

  また、「あの人はどうも個性的でねぇ。」とか「あの人の意見はいつも個性的すぎる。」等の言葉をよく耳にするように、『個性的な人間であること』が必ずしもよい評価を得られず、時には批判の対象にされていることからも明らかだと思います。

 では「個性」をどうとらえるか。「個性」をどう育てるか。についてですが、私は、他人と比べたその子の特長というよりは、もっと広く、一人ひとりが持っている「その子らしさ」(取り柄)ととらえたいと思います。人にはない優れた面を持っている子には「その子にしかない『よさ』を発見し、引き出し、伸ばしてあげる」。反対にただ真面目で目立たない子や、消極的な子に対しては「それを自分の『持ち味』として自覚させ、その生かし方を教えてあげる」ことが大切だと思います。
 そして、一人ひとりの子が皆持っている「その子らしさ」が、将来その子の人生の中で「生かされる」よう導いてあげることが、私たち大人の役割ではないかと思います。

  私たちが尊重したい「個性」とは、一人ひとりの子が持っている「よさ」「取り柄」「持ち味」のことだと考えます。

 私はSAAの教育目標の柱として、“人との違いを認められる豊かな心の育成”(個性の尊重)を掲げています。最近のいじめに見られる「皆と違う面をからかいの材料にする」「人より優れた面を発揮すると妬まれる」という、皆が同じでなくてはいけないという形式的平等意識をなくし、一人ひとりが“その子らしさ”を思う存分発揮できる、そんな活力あふれる魅力的な学校でありたいと願っています。
 
 “人はみんな違ってみんないい”のですから。

07:19 | 投票する | 投票数(69)
2025/09/27

「体力づくり」は時期が大切(監督から)

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「体力づくり」は時期が大切  監督   齊藤 秀樹
  「体力」とは「敏捷性」「筋力」「持久力」「柔軟性」「巧緻性」等の様々な運動能力の総称です。これから大人になっていく子どもたちにとって、健康で強い体を作ることは極めて重要です。しかしこの体力づくりには、それを伸ばすのに適した時期というものがあります。今回はそのいくつかを紹介してみましょう。

  まずは「敏捷性」。これは素早い身のこなしや手足を動かすスピード、反射神経などでですが、この能力は比較的低い年齢でピークを迎えてしまうと言われています。小学校6年生の段階では、男子が93%、女子が99%に達してしまいます。ということはこの敏捷性は小学校時代に鍛えておかないと、もうこれ以上は速くならないということです。体はまだ小さいけれどもすばしっこい子というのは、将来無限に伸びる可能性を持った子だと言えます。日常生活の中でできるだけ素早く動く体験をさせるよう心がけるとよいでしょう。

 次に「持久力」ですが、これはエネルギーの消耗に対して、どのくらいの時間動き続けることができるかという力です。これも5分間走のデータを見ると、男子が89%、女子が97%の発育発達をしてしまいます。私たち大人が子どもを見て、「よく疲れないものだな」と感じるのはこのためです。しかしここで間違ってもらっては困ることがあります。それはこの数字は、こどもの体重当たりの酸素摂取量であって、大人の体になった時12才時(小学校6年生)の心肺機能の発達・発育は60%だそうです。したがって今は体が軽いから疲れないのであって、心肺機能の発育はまだまだ未熟な時期ですから、無理な長距離トレーニング(毎日10キロ走らせる等)は避けるべきだと思います。

 最後に「筋力」ですが、これは小学校6年生時では、男子が50%、女子が70%位の発育・発達です。したがって筋力がピークを迎えるのはまだまだ先の話ですので、力が強くなりたいからといって、バーベルを持ち上げたり、何百回も腕立て伏せや腹筋をしたりすると、大人の体づくりを早めてしまう恐れがあり、これが将来の伸び悩みにつながってしまう原因ともなります。私は毎年小学生の全国大会に子どもを連れて行きますが、決勝に並ぶ子どもたちの中にはとても小学生とは思えない筋骨隆々の大人顔負けの体が出来上がってしまった6年生がいます。実は小学校時代のスーパースターが高校に入る頃には普通の選手になってしまう例がたくさんありますが、これは一般に「早生(わせ)」といって、他のこどもより筋力の発達が2~3年は早い子のことをいい、早く結果を出したいという指導者や保護者の犠牲になってしまった子といえるかもしれません。

  人間の体力全体のピークは、一般に男性が20才~22才くらい、女性が16才~18才くらいと言われていますので、それまでに年齢に応じた体力づくりと、将来を見通した計画的なトレーニング(練習、訓練)をしていくことが大切です。SAAでは常に発達段階や年齢に応じたトレーニングを実践しています。

06:47 | 投票する | 投票数(105)
2025/09/19

本番に強くなれ(監督から)

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 本番に強くなれ         監督 齊藤 秀樹

 現在、連日世界陸上でのトップ選手の活躍に日本中が興奮し、一喜一憂しています。SAAでも全国大会を目指す100mとリレーの選手達が先週から平日に特別練習を開始しました。「やればできる」を信じて全力で努力する子どもたちを皆さんも応援してください。がんばります。

 さて、よくオリンピックや世界大会などを見ていると、優勝候補(素質や技能が優れた選手)が、本番のプレッシャーや緊張感に負け、実力を出し切れずに負けてしまい、期待していた人々をがっかりさせることがあります。これらは全て精神力の弱さから来るものです。しかしこの精神力の弱さというのは生まれつきのもの(遺伝、血液型、性格)だとあきらめてはいけません。大きな試合やピンチの場面などで、普段通り自分の力を発揮する力は、日常の訓練で克服できるものなのです。この精神力を鍛える訓練を「メンタルトレーニング」と言います。

 この精神力を科学的に強化するという訓練の始まりは、1950年代に旧ソ連で宇宙計画の一環として始まったと言われています。それが東欧諸国に広がりスポーツの世界に応用したことで一気に競技力を伸ばしました。その後アメリカなどが取り入れ、次第に全世界に広がっていきましたが、日本では1985年頃からようやくスタートしました。当時の日本のスポーツ界は「試合に勝てないのは気合いが足りないから」という精神論が古くから根付いていたため、研究や実践はかなり世界から遅れてしまいました。
 しかし現在多くのスポーツ関係者がこのトレーニングに注目し実際に成果を上げています。これは身につけておくと、試合、運動会、コンサート、試験、受験…様々な場面で応用でき、とても有効ですのでその一部を紹介いたします。

【イメージトレーニング】
   大会や試合がある前日には、知らず知らずのうちに神経質になり緊張感も高まってきます。そんな時は頭の中で、「自分のすばらしいプレーや活躍する姿を思い浮かべる」ことです。過去に一番がんばった姿や勝利の瞬間のイメージなどが、どんどん頭の中に浮かんでいけばしめたものです。例えば「スタートの瞬間に素早く反応し、ぐんぐんスピードが上がって他の選手を引き離していく。、なんだかいつもより体が軽く、足もよく動き、あっという間に1位でゴールする」そんな姿を思い浮かべるのです。ただし、決して失敗したり転んだりする姿を思い浮かべてはいけません。せっかくのイメージトレーニングがダメージトレーニングになってしまいます。

【ルーティン】
 この技法を取り入れていることで有名なのが、野球のイチロー選手です。彼はバッタボックスに入ると必ずユニホームの肩や袖をつまみ、バットを立ててピッチャーの方へ向けます。彼は毎回行うこの同じ動作で平常心を保っているのです。その後はラグビーの五郎丸選手の動きが話題になりましたが、練習からいつも同じ動作を繰り返すことで自分の心をコントロールすることができます。

【深呼吸】
 さあいよいよ100メートルの決勝です。スタートの直前は胸が激しく高鳴ってきます。そんな時には大きく深呼吸を1~2回するとよいでしょう。息を吸うときは腹式呼吸で胸よりもお腹に空気を入れ、吐くときは全身の筋肉をリラックスさせます。すると不思議と緊張が取れ、集中力が高まってきます。

 さてこれから始まるの秋の陸上大会や運動会、合唱祭などで是非実践してみてください。

07:53 | 投票する | 投票数(147)
2025/09/11

教育の究極の目標は「生きる力」の育成(監督から)

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教育の究極の目標は「生きる力」の育成   監督 齊藤 秀樹

  「お母さん、今日雨降るかな。」「そうね。天気予報でもそう言っていたし、この様子だときっと降るから、傘を持って行きなさい。」「はーい。」ある朝の玄関先での会話です。ところがその日は予想に反して一滴の雨も降りませんでした。学期末で荷物が多い上、傘まで持って帰ってきた息子は、開口一番「何だよ。雨なんか降らなかったじゃないか。お母さんの嘘つき。」と言ってすごい勢いでプンプン怒っています。
    実はお母さんの天気予報は結構よく当たり、家族もそれを認めていて、時折それを無視して出勤してしまう父親が、夜の帰宅時になると「傘がないので迎えにきてくれ。」と電話をしてくる度に、母親から小言をもらっている姿を子どもたちもよく見ていました。そんな母親の口癖は「いい。お母さんの言う通りにしておけば間違いないのよ。」でした。

 さて、このように‘母親の判断こそが正しい’という経験が続けば、子どもは“自分で考え、判断し、決定する”ことをやめてしまいます。何でも母親に尋ね、それに従っていた方が楽だし、たまに不都合が起こってもそれは全て母親のせいにしてしまえばよいのです。即ち、子どもは結果を見て、その責任を引き受けなくてよいのです。子どもは有能な母親に依存し、ほとんど失敗や後悔を味わうことなしに、子ども時代を過ごすことができます。
 しかし、当然そういう育ち方をしていると、その子は母親なしでは生きていけない、とても不安な子になります。そして、何かにつけて思い通りにならないことを「誰かのせい」にする被害者意識の強い子にもなります。

 考えてみれば人生というのは、“判断”“決断”の連続です。今日傘を持って家を出るかどうかも1つの判断です。何かを決めるということは、同時に何かを捨てることです。時に切り捨てたものの大きさに悔やむこともあるでしょう。しかし、子どもたちは日々の生活の中で小さな判断を繰り返すことによって“自分で考え、判断し、決定する”ことの難しさを学びます。これは同時に、自分で下した判断の結果に直面し、それを「自分の責任」として引き受けなくてはならないということも学ぶのです。思い通りにいかない人生を、どうやって生き抜いていけばよいのかという力を身につけていくのです。
 これはとても厳しい学習です。子ども自身が判断し、決定するまでじっくり待ち、そこでどんな結果が出ようとも、それを責めたり叱ったりすることなく見守れる大人の存在なくしてできないことです。

 保護者として、子どもたちから慕われ頼られる存在であることはすばらしいことです。でも、それに満足していると、いつしか知らぬ間に、子どもを自分の思い通りにする「あやつり人形」にしてしまっていることがあります。今育てなければいけない自主性や責任感という大切な芽を摘んでしまってはいけないと思います。
  
 個性とわがままをはき違え、「自由でしょ。勝手でしょ。関係ないじゃん。放っといて。」を主張し、なかなか親の言うことを聞かない子の扱いに困っている親が多い昨今、親の言うことを聞く素直な子は確かに“よい子”です。しかし、「言われたことしかできない子」や「言われなければやらない子」は、私に言わせればとても“心配な子”です。

  「いつまでも あると思うな 親と金」という言葉がありますが、教育の究極の目標は、「生きる力の育成」だと思います。「生きる力」とはどんなに時代が変化し、どんな社会が来ようとも、社会の中で自立し“自分で考え、判断し、決定していく”という力のことです。子どもに生きる力を身につけさせるには、子どもの頃から、日常生活の中で「信じて、任せて、やらせてみる」という経験を日々積み重ねていくことが大切だと思います。

14:28 | 投票する | 投票数(174)
2025/09/05

「やればできる」の原点(監督から)

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  「やればできる」の原点     監督 齊藤 秀樹

    今回は皆さんお馴染みのこの記事を久しぶりに書いてみたいと思います。
 私がこの言葉を40数年の教員(陸上指導者)人生での中で、いつも使い続けているのは、多くの子どもたちの夢を叶え、時に奇跡を起こし、忘れられない思い出を共につくってきたからです。今回はその原点となった子どもたちとの思い出についてお話ししたいと思います。
  
 今から40年以上前のことですが、私が初めて教員になって担任したクラスが佐倉市立小竹小学校の5年1組でした。当時佐倉市には、市内全小学校の5・6年生の全クラスが参加する「学級対抗リレー」という一大イベントがありました。私は9月採用でしたので、慌ただしい毎日を過ごしながら、訳もわからずに、11月1日に開催されるこの大会に子どもたちと共に参加しました。ところが予選、準決勝、決勝と行われ、今年の佐倉一の学級はどこになるかと会場が盛り上がる中、なんと私のクラスは男女とも、最初の予選で他のクラスから30メートル以上引き離されて、ダントツのビリでした。

 学校に戻り、子どもたちに自身の指導力のなさからみんなに恥ずかしい、悲しい思いをさせてしまったことを謝りました。ところがその後子どもたちの口から出てきた言葉を聞いて、愕然としてしまいました。「先生、僕たち全然悔しくないよ。」「かけっこなんか速くなくてもいいじゃん、僕たちの方が頭はいいんだから。」「どうせやったって無理。」「…。」私はこれはまずい、このままではいけないと思い、「ふざけるな。冗談じゃない。やる前からあきらめたり、自分の可能性を限定したりするのは許せない。」と言って、思わず「よし、来年の学級対抗リレーでは、男女とも絶対に優勝させてやる。」と約束をしてしまいました。

 次の日から担任とクラスの子全員による陸上練習が始まりました。私は学生時代は水泳部でしたので、陸上の選手経験もなければ、まして指導歴も何もない、全くのド素人でしたので、文献を読みあさったり、専門家に聞きに行ったり、強いチームの練習法を見に行ったりしながら、試行錯誤で毎日子どもたちと夢中で練習しました。練習は土日にも、長期休業にも行われ、1月1日(元旦)以外の364日間毎日続きました。当時のことを思い出すと申し訳なさでいっぱいになりますが、当時の私の信念は「人一倍努力し、誰よりもたくさん練習すれば負けるわけがない」「努力は決して裏切らない」というかなり精神論・根性論的な指導でした。しかし不思議と子どもたちは皆私についてきてくれ、保護者も文句も言わずに温かく応援してくれました。

 6年生の夏休みを過ぎると、クラス全体が学級対抗リレーの優勝に向けて異様な盛り上がりを見せ始めました。ある日、放課後練習が終わり、職員室で明日の教材研究や事務処理を済ませて帰宅しようと外へ出ると、真っ暗なグラウンドから「ハイ。ハイ。」という聞き覚えのある声が聞こえてきました。時間は夜の9時、まさかとは思いましたがグラウンドへ行くと、選手の子どもたちが自主的にバトンパスの練習をしていました。子どもたちを集め、どうしてこんな時間に練習をしているのかを聞いたところ、「先生が誰よりも努力したら勝てると言ったから、夕食を食べて宿題をやった後に、集まって練習しているんです。」と言います。涙が出るほどうれしかったのですが、いくら何でもやりすぎだと思い、学校の練習で十分だと説得し、家まで送って帰宅させました。本番で選手になる子は男女とも4人ずつですが、選手以外の子も毎日皆一緒に汗を流して努力してきた仲間なので、放課後集まって旗や横断幕をつくったり、応援歌を作ったり、神社へ行って優勝祈願をしたりしてくれました。

 そしていよいよ本番の日。結果は大会史上初となる、1クラスの男女がダブル優勝。しかも大会新記録での圧勝でした。飛び上がって泣きじゃくり大喜びする子どもたちと、感動で涙が止まらない保護者たち。信じられない奇跡が現実に起こった瞬間でした。
 これが「やればできる」の原点となった忘れられない思い出です。実はこの時もしも「必ず勝たせてやる。」という子どもとの約束を果たせなかったら、私は教員を辞めるつもりでいましたが、神様は自分の人生をかけて夢の実現に挑戦した私を見捨てることはありませんでした。
 子どもには無限の可能性があります。大きな夢や希望を持ち、それに向かって努力すれば、できないことなんてないし、叶わない夢なんてないと私は今でも信じ続けています。

07:15 | 投票する | 投票数(213)
2025/08/29

「付き合う」から「楽しむ」へ(監督から)

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「付き合う」から「楽しむ」へ   監督 齊藤 秀樹

 夏休みは家族揃ってゆっくり過ごせましたか。帰省して祖父母と再会した子、家族旅行で温泉に行き、美しい自然を満喫してきた子、遊園地やテーマパークでたっぷり遊んできた子、アウトレットやショッピングモールのバーゲンに付き合わされた子…。子どもたちが楽しそうに話す夏休みの思い出は、各家庭様々だったようです。

 さて『星の王子様』という本の冒頭に「大人は、誰も、昔は子どもだった」という有名な言葉があります。しかし、このことを忘れずにいる大人は、とても少ない気がします。教育や子育ての話をする大人たちは必ず「今の教育は…。今の学校は…。今の子どもたちは…」という話題から入り、最後には「今の子は昔と違って…、俺の子どもの頃にはもっと…、全くなっとらん。」ともっともらしい教育論を展開します。
 
   しかしよく考えると、今の子どもたちは、大人がつくった社会の中で生きているわけで、子どもの社会というものが、大人の社会とは別に存在するわけではないのです。今の子が「すぐにあきらめて、がまんができず、他人のことを考えない、わがままな子どもたち。」だとしたら、こんな子どもたちを作ったのは、大人の責任であって、子どもたちが勝手にいつの間にかそうなった訳ではないと思います。
 それなのに、なぜ大人の世界が子どもの世界と「別のもの」という錯覚を起こしてしまうのでしょう。それは大人があまりにも子どもの世界を知らなすぎる(無関心すぎる)からだと思います。別の言い方をすると「大人は大人、子どもは子どもで生活し、その距離が離れすぎている」と言えるかもしれません。

    皆さんは、子どもが見ているテレビや漫画、好きなゲームや今流行っている遊びをどれくらい知っていますか。夜8時までは子どもの時間、それ以降は大人の時間と分けている家庭、チャンネル争いがわずらわしいから複数の部屋にテレビを置いて、別々に見ている家庭…、親子が同じ部屋で1つのテレビをワイワイ言いながら見ているのと、別々の部屋で黙って見ているのとでは、どちらが明るく温かい家庭なのでしょうか。
 学校でも「最近の先生方は子どもたちと一緒に遊ばなくなった」と言われます。確かに先生も、部活の朝練をし、一日6時間の授業を教え、忙しく事務仕事をこなした上で、休み時間に子どもと外で遊ぶのは重労働です。しかし考え方を少し変えて「子どもと遊んであげる」ではなくて「(自分も)子どもと楽しむ」という発想を持つとよいと思います。同じように、子どものやることをバカバカしいと大人の目で見てしまわずに、子どもの世界まで降りていって一緒になって楽しんでしまえばよいのです。
 子どもたちの中には「お父さんは休みの日になるといつも大好きなミニ四駆で、一緒に競争して遊ぼうと言うんだよ。」「家のお母さんは、私が買ってきた漫画をいつも楽しみにして一緒に読んでいるんだよ。」という子がいます。なんて素敵な両親なのでしょう。

    私は教師という仕事に就いてから今まで「子どもからの視点を忘れない」という信念を持ってやってきました。「自分が子どもだったら、こんなことをしてほしいな。」「こんなことをされたら嫌だろうな。」という視点です。子どもは一緒に遊んでくれる先生が大好きです。だから私は校長時代、毎日休み時間には外に出て子どもたちと遊んでいました。「いつもお忙しいのに…。いい年をしてケガでもしたら…ご苦労様です。」と心配してくれる人もいましたが、私は何も付き合いやサービスでやっているわけではありません。子どもと遊ぶのが好きだから、楽しいからやっていただけです。

  さて、保護者の皆さんの夏休み中のがんばりを否定するつもりは全くありませんが、今多くの保護者が子どもたちのために朝から晩まで必死で働き、お金を稼ぐことで、子どもに好きなものを買い与え、遊園地や旅行に連れて行き、おいしい店で外食をするという、誰かが考えたこの「理想的な家族像」をめざして、日々無理に無理を重ね疲れ切っているような気がしてなりません。
 私は年数回の贅沢よりも、日々の子どもとの関わりや触れ合いを大切にし、子どもの前では決して夫婦ケンカや悪口、陰口を言わない。いつも家族の笑顔が絶えないようなやさしく温かな毎日にこそ、本当の「幸せ」はあると思っています。

12:41 | 投票する | 投票数(240)
2025/08/22

「男の子」と「女の子」考(監督から)

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 さて白井アスレチックアカデミーのホームページ及び、この「監督から」を毎週ご愛読いただきありがとうございます。最近特に「親として一番大切なこと」や「父親と母親の役割」について大変多くの保護者の方々(他チームの保護者含む)から反響があり、「わかっているつもりでいたが、今一度夫婦で子育てや役割を考え直すよい機会になりました。ありがとうございました。」という、うれしい感想を複数いただきました。

「男の子」と「女の子」の育て方   監督 齊藤 秀樹

 さて今回は前回の「父親と母親の役割」に引き続き、「男の子と女の子」の違いとその育て方について考えていきたいと思います。

 まず最初に「性」(男女)という言葉には、2つの側面があるということを理解する必要があります。
  1つ目は「生物的・肉体的な性別」、2つ目は「社会的な性役割」の2つです。人間は生まれ持っている自分の性(生物的・肉体的な性)を土台に、社会の中で一定の役割やそれに相応しい行動を取るよう周りから期待され、それを自分の個性や特性として身につけて(社会的な性役割)いきます。

 ここに小学校5年生を対象とした「子どもの性意識」という調査があります。この調査によると「男なんだから~」「女なんだから~」と言われた経験は、女の子の場合「女なんだからきちんとしなさい」が6割、「女なんだから行儀よくしなさい」が5割、男の子の場合は「男なんだから女の子に負けてはいけない」が7割、「男なんだから泣いてはいけない」が6割いたそうです。このように多くの親は「男の子には男らしく、女の子には女らしく育てたい」と考えていることがわかります。この結果、当然子どもは無意識のうちに親の期待に応えようとします。この調査の中に「自分の良い所はどこですか」という問いがありますが、男の子は「元気な所、たくましい所、頭がよい所」をあげる子が多く、女の子は「おとなしい所、かわいい所、おしゃれな所」をあげていることからも明らかです。

 実はこのことは、学校生活の中でも様々な活動に影響を及ぼしています。例えばクラス内の係活動では「保健係」と「飼育係」の2つは圧倒的に女の子がやることが多く、やはり伝統的な女性の役割とされている“奉仕と世話”を好むという特徴があります。一方男子は、よくやる活動として「授業中は積極的に手を挙げて発言する」「休み時間は元気に外で遊ぶ」等が女子の割合より高く、男の子には“積極性や活発さ、リーダーシップ”が求められていることがわかります。
 このように子どもたちが抱く「男女観」あるいは「性役割」というものは、大人が築いてきた社会や意識というものが、如実に反映されていると言ってよいでしょう。

 さて日本には古くから「男子厨房に入らず」「男は船で女は港」「男は仕事で女は家庭」等の言葉が残っています。しかしこれらは、親が育てられてきた経験や風習によっていつの間にか創り上げられてきた意識であり、これからの未来をたくましく生き抜いていく子どもたちのそれとは別に考えた方がよいのではないかと思います。女性の社会進出が進み、共稼ぎが普通になってきた現在、互いに仕事や趣味や持ちながら、共にパートナーを組んで生活していく時代が必ず来ると思います。
  前述のように、肉体的な性別は不変ですが、社会的な性役割は、時代や社会の変化に応じて変化していくべきではないかと思っています。                             

 要するに何を言いたいかというと、「男だから~をしてはいけない。」「女のくせに~するな。」という大人たちが勝手に決めた価値基準によって“その子の持っている個性や能力や可能性というものが制限されてはならない”ということです。面倒見のよい保健係の男の子がいていいし、女の子が運動会の応援団長をやってもいいはずです。

 「女の子を女の子らしく育てたい」というのはよいことだと思います。しかし「女のくせに~してはいけない」とか「女なんだからこうあらねばならない」という言葉を使って、無意識のうちに子どもの活動を制限してはいけないと思います。子どもが本当の意味で「自分の性」に誇りを持ち、一人ひとりが持っている個性や特性を活かして、堂々と自分らしく生きていける、そんな社会が来てほしいなと心から願っています。


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2025/08/15

「父親」と「母親」考(監督から)

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「父親」と「母親」考   監督 齊藤 秀樹

 私の両親は共に東京都で小学校の教員をしていました。父親は山梨県、母親は徳島県出身で、職を求めて都会へ出てきました。2人ともいつも忙しく、私と妹は近所の方に幼児の時から預けられ、学校もそこから毎日通っていました。
 当時は生活していくのがやっとで、今の子どもたちのように家族で温泉旅行に行ったことも、遊園地に連れて行ってもらったことも、おいしい名店で外食したという記憶もありません。ただ唯一、年に2度山梨の実家に帰省し、祖父の作った干し柿と、祖母の作った水飴を食べるのが何よりの楽しみでした。でも、他人をうらやましいと思ったことも、自分が不幸だと思ったことも一度もありませんでした。忙しくお金もない家庭でしたが、両親はいつも私を理解し、精一杯の愛情を注いでくれていました。

   さて、私は小学校6年生の時に、学校の部活動でサッカーの練習に毎朝通っていました。両親は「子どもが好きでやっていることだから」ということで喜んで送り出してくれていました。そんなある日のこと、私はその日に限ってサッカーの練習に行きたくなくなり、布団をかぶってゴロゴロしていました。すると隣の部屋から父親の「あいつは何をしているんだ。自分からやりたいと行ってやり出したことを、途中であきらめるような奴はダメだ。」という野太い声が聞こえてきました。私は「まずい。」と思い、自分が父親にたたき起こされる姿を想像しながら布団の中で小さく身を潜めていました。
 すると母親が「そっとしておきましょうよ。あの子が起きてこないくらいだから、きっと何か考えがあるのでしょう。」といういつになく強い口調の声が聞こえてきました。それからしばらくの間父親と母親が話していましたが、結局私が起こされることはありませんでした。

 その一部始終を布団の中で聞いていた私は、自分のしたことを深く反省しました。と同時に何ともいえない嬉しさを感じました。それは「私は信じられている」という嬉しさでした。本当はサッカーに行きたくない理由など何もなかったのに、ただ何となく行く気がしなかっただけだったのに、母親は「あの子はそんな子ではない」と私を信じてくれました。一方父親はおそらく私の心の中にある甘さ(さぼり)を見抜き許せない気持ちになったのでしょう。

    このように私は、常に厳しい父親と、やさしい母親という異質の2人によって育てられました。ある本によると、本来父親は「切る」存在で、母親は「包む」存在であると書いてありました。例えば、我が子が非行に走り問題を起こした時に、たとえ我が子であっても悪いことをしたのは事実だから許さないと、子どもを「切る」のが父親で、悪いことをしたのは確かだが、我が子なんだから何とか救いたい、助けたいと「包む」のが母親だといいます。人によっては「ひっぱる」のが父親で、「なだめる」のが母親だという人もいます。

    一昔前の父親は怖くて威厳のある存在でした。子どもが何か曲がったことをすれば、父親から毅然とした態度で叱られました。時にはゲンコツが飛んでくることもありました。人の道に背くことをしたとき、人様に迷惑をかけたときには、こっぴどく叱られたものです。また父親は一家の大事な決定のキーパーソンでもありました。進学や就職、あるいは一人暮らしや結婚などの人生の選択においては、父親に納得してもらうのが一つの難関でした。それほど父親は一家の大黒柱として君臨していました。

    しかし現在この図式が変わってきているような気がします。子どもたちに話を聞いてみても、父親を「厳しい人」と捉える子より、「やさしい人」と捉える子の方が圧倒的に多いようです。反対に母親を「やさしい人」と捉えるより「厳しい人」と捉える子が最近増えてきているようです。

 即ち、父親がどんどん優しくなり、母親がどんどん厳しくなって、父親と母親の違いが無くなり、両親の「同質化」が進んできているような気がします。まあ今の時代は、両親の共働きが普通になり、互いに仕事や趣味を持ちながら、共にパートナーを組んで、同じように子育てをしていくことが現実的で理想的なのかもしれません。しかし「同質」か「異質」か、どちらがよいかは別として、大切なことは、必ず両親の価値観と教育方針は一致させ、その共通理解の基で、お互いの役割分担をよく話し合い、共に子育てをしていくことだと思います。 
                      皆さんのご家庭はいかがですか。

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