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「学校安全」について(監督から)日誌02/05 07:55

          齊藤 秀樹  監督

 
 

監督から

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2026/01/23

子どもの本質を見抜く力(監督から)

Tweet ThisSend to Facebook | by:スタッフ
 子どもの本質を見抜く力  監督 齊藤 秀樹

 我が子が何らかのトラブルや事件を起こし、その旨を学校から家庭に連絡すると、多くの保護者が「まさか。家の子に限って…。」「そんなはずはない。何かの間違いではないのか…。」という反応が返ってきます。しかしこれは、わが子を愛し大切に育ててきたという思いと、我が子のことは誰よりも自分の一番理解しているはずだと思っている保護者にとっては、ある面当然の反応なのかもしれません。

    今から十数年前に起こったことだったと思いますが、ある高校1年生の女生徒が、友人である同級生を自宅で殺害し解剖しようとしたというショッキングな事件がありました。当時のマスコミ発表の記事を読むと、「被害者に全く恨みはなく、ただ人を殺してみたいという欲望が抑えられなかった。」と供述しているといいます。この女生徒の父親は弁護士、母親も東大卒のエリート家族で、何不自由なく裕福な家庭の中で育ち、成績も大変優秀な子だったそうです。そんな優等生がなぜ大それた犯罪を犯してしまったのか。「まさか…。信じられない。」と学校関係者や親はさぞ驚いたことでしょう。しかし、実はここに大きな落とし穴があるのです。

 子どもを知らずして、また知ろうとせずして教育は成り立ちません。私たち指導者や教師も何とかして一人ひとりを理解しようと日々努力していますが、「子どもを理解する」ということはそんなに簡単なことではありません。小さいころならともかく、小学校高学年~高校生位の思春期に入っている子は、私たち大人の前ではベールをかぶることが多くなるからです。
 私が未だ若かったころ、近くの中学校に大変学級経営が上手い先生がいて、その先生の学級会がすばらしいから、是非一度見せてもらって勉強してくるとといいよ、というアドバイスを校長先生からもらって見に行ったことがあります。学級会のテーマは『最近カサがよくなくなるので、その対策をみんなで考えよう。』というものだったと思います。
 学級委員を中心に、実に活発な意見のやりとりがあり、「一人ひとりの置く場所をしっかり決めよう。」「全校集会で皆に呼びかけよう。」「雨の降った日は全員が交代で監視に立たなきゃダメだ。」等の意見が出て、チャイムと同時に結論がまとまり終了しました。うわさ通りのすばらしい学級会で、こんな先生がいるんだととても感動しました。
 休み時間になり、先生が教室を去った後、近くで談笑している生徒たちがいたので、「すばらしいね。」「たいしたものだ。」と話しかけたところ、突然その中の一人が「あんなことやったって無理に決まっているじゃん。」と言い出しました。私はびっくりして「何を言っているんだ。みんなカサが無くなって困っていたから話し合ったんだろ。」と言うと、「別に困らないよ。」という返事。「どうして?」「無ければ黙って他のやつのを持って行けばいいんだ。」「馬鹿なことを言うな。そんなことをしたら持って行かれた他の子が困るじゃないか。」「大丈夫だよ。そいつはまた他のやつのを持って行くから。」私は頭に来て「おい。君は確かさっき『生徒会に提案してみよう』と言っていたじゃないか。」と強く言うと、その子は一瞬困った顔をしましたが、周りを見回して、そっと私にこう言いました。「ああ言えば、めでたしめでたしで終わるから。」「…」
 何のことはない。彼らは学級会が得意だという先生の手前、“学級会ごっこ”をして、よく参観に来る先生方に見せていただけだったのです。

  私たちはともすると、その子の本質を見抜けずに「この子はしっかりしたよい子」とか「この子はいい加減でだらしがない子」というようなレッテルを貼り、それを基準に子どもを理解したつもりでいることはないでしょうか。
  子どもの本質を見抜くためには、次の3つのことが大切です。

①子どもにはいろいろな顔があることを理解し、授業中、掃除中、休み時間、家庭 の中、休日や放課後、習い事…の様子をできるだけ幅広く見たり、聞いたりすること。

②いつまでも昔のイメージを持たずに、子どもは日々変容し、成長していくものだという柔軟性と新鮮な目を持って子どもを見ること。

③教師や親に対して、あるいは教室や家庭の中で、本性を隠しベールをかぶる必要がないような、安心できる人間関係・信頼関係を作っておくこと。

  「まさか。家の子に限って…」にならないためには、子どもを信じると同時にその本質を見抜き、幅広く正しく理解できる力量を持たなければならないと思います。

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